いじめの防止(1)帰りの会チェック!

アスペルガー症候群の児童はしばしばいじめの標的になる。

動作がぎこちなかったりするのもからかいネタの一つだが学年が小学校3~4年になってくると周囲から「協力的でない」という反発がでてくることも考えられる。

筆者は小学生時代、何度となく「協力的でない」というネタでいじめにあった。場面は「学級会」の時間、「帰りの会」の時間である。

本当に協力的であったかなかったかはともかくとして、(当方アスペルガー故に周りの本当の感じていたところはわかりようもないから)「反省会」とやらで


「○○さんは非協力的です、謝るべきです(反省すべきです)」とやられる。これがどうにも埒があかなくなるパターンである。押し問答になるのはまだマシだが、多数決で「○○さんが非協力的であると思う人手を挙げて」などとやられてしまってはどうしようもない。


さらに「謝るべきだ」「罰として…をすべき」まで多数決でいくと最悪である。


アスペルガーの子どもは何を謝るべきなのか全くわからないのだから、強制的に謝らされれば強烈な屈辱或いは無力感を味わうことになる。ひどければ「自分なんていない方が良い」自己卑下や自己の存在否定にもつながる。


「反省会」がつるし上げ大会にならないように適切な教師の介入が必要なのだが、こういった「反省会」はまだまだ小学校の世界に数多く残っているようである。


毎日の帰りの会で「1日の反省を」というケースで、教師を反省会が終わってから児童が呼びに行くというったパターンではさらに悲惨な結果を招きやすい。(筆者が経験したのはこのパターンもあった)介入がゼロになるのだから当然である。


アスペルガーの児童を持つ親御さんは、「反省会」「帰りの会」がどうなっているのか、是非子どもに聞くなりチェックするなりしてみた方が良いと思う。

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おもいきり鬱だ…

とっても鬱だ…何もやる気がしない。
書けば何とかなるかと一縷の望みで書いている。

昔…やりたいことあったよなあ…本来わりとやりたいこといっぱいの人間だったような気がするのだが…その記憶さえかすれているような気がする。

鬱でも何かしなくちゃ、稼がねば…と思うが体もアタマもいうことをきいてくれない感じ…

ペゲタミン飲んで寝てしまいたいが小さい子がいるのでそうも行かず…何もしないなら子どもと遊んでいる方がマシと思いつもそれもできず…

春先だからだろうか…
何かみな希望にあふれているのに自分だけ何もできずに取り残されているような気すらしてくる。

涙が無意味に流れてくる
イライラはしなくなったが進展がない…薬、今のままではダメなのだろうか?

はあ…である。

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アスペルガーってデリケートな脳みそかも(2)

で、やはりアスペルガーってデリケートな脳みそだと思うのだ。


どういう風にデリケートかというと、情報刺激に過敏に反応してしまいやすい脳みそだということ。


私はアスペルガー症候群をを花粉症のようなアレルギー疾患のメカニズムと非常に似ていると思うのだ。


花粉症じゃないひとは花粉が空気中に飛んでいても平気だけれど、花粉症の人は過敏に反応して鼻水が出たりする。


アスペルガーはそれと同様に脳に入る情報自体にアレルギーを起こすような感じではないかと思うのだ。


花粉症と違うのは花粉は周りになくても生きていけるけれど、「情報」は生きていくのに必要不可欠な部分が多々あるということと、インプットされる情報に対する反応なので「感情」や「気分」や「学習」など、「日常生活」のほぼ全てに関係してしまうことなどだろう。


あとは量の問題。音声過敏がひどい時は普段大丈夫な音でも消してしまいたくなったり…。


できるだけ過剰な情報が強引におそってくる環境を避けるとか、情報量を制御できる環境にいたほうがいいデリケートな
脳みそだと思うのだ。

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アスペルガーってデリケートな脳みそかも(1)

私は中学生くらいから自分が「他人と相当違う」脳みそを持っていると考えはじめてた。そして、その考えは不遜なのではないか?としばしば悩みもした。


大学生くらいになってしばしば思ったことは「こんなデリケートな脳みそを持った子(私)をよくここまで無事に育ててくれたなあ」と両親への感謝である。


大学生になって下宿して初めてわかったのは、自分がいかに様々なことで混乱しやすいか、生活のペースを崩しやすいか、他人と接していてイライラしやすいかなどである。


それはアスペルガー症候群の性質そのものであったが、実家で生活していたときはほとんど意識されなかったのだ。


では私の実家ではどうだったかというと…
自分のこだわり生活スペースが守られていたし、両親はというと、父は叱るときでも声を荒げることなどほとんどなく理屈で整然と説明するのが常であったし、母は生活ペースをかたくなに守り続けるので、毎日の生活に安心感があった。


決して裕福なわけではなく、狭い家であったが、こんな環境だったから私はいろいろと自分の考えたいことに集中できた。


家の外ではいろいろ「いじめ」もあった。しかし家の中がたまたま?「アスペルガー症候群者」に優しい環境であったため、私は自分の存在、自分の脳みそを肯定的に受け入れることができたように思うのだ。

 
実家をはなれて生活するうちにずいぶんと自分の脳みそがいろいろなことで思考を阻害されやすい脳みそだということが実感できてきたのである。


そしてたまたま十数年間、アスペルガー症候群者にとって過酷な環境にいたため、幼い頃から実家で培われてきた良い生活習慣などがほとんど崩壊してしまった。自分にとってどのような生活をするのが自分の脳に優しいのかすら見失ってしまっていた。


結果、アスペルガーの不便さ満開状態である。
音声過敏はひどい、鬱にはなる、イライラする、パニックを起こして熱を出す等々…


たまたまアスペルガー症候群の診断を受けることができて、やっと私は私の脳みそのために環境を整えることが必要不可欠であると主張できるようになった。


今、私は私のデリケートな脳みそをもう一回つかいものになるようにするため生活の再構築のために様々な試行錯誤をしている。





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何をやってもやった気がしない

思いっきり鬱なのだろうか?

何をやってもやった気がしない、っつーか、充実感がなくて時間にだけ追われている気がする。

昨日は最悪で夕食メニュー決めるのでパニック起こし、結局最低限だけすませて頓服薬飲んで寝てしまったのだが、今日になっても引きずっている。

置きで朝食にとパン屋に走ってパンをかじり、選択をし、昼に明太子スパを作って食べ、庭の剪定の片づけをして娘におやつを食べさせ、生協の受け取りをして、生協のインターネット注文作業をし、さらに庭の草むしりをし…

何もやっていないわけではないのに何もやっていない様な罪悪感がつきまとう。

どうも調子が悪い。

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本日の雑感

今日は朝5時におきて(起こされて?)亭主と息子の弁当をつくり、洗濯機を3度回し、デジトラブログというもう一つのブログの書き込みを一つし、その後、娘を連れて花屋にパンジーを買いに行き、帰りに河原ですこしだけお散歩し、帰ってからパンジーを植えた。


昼食を食べてから娘と一緒にたっぷり2時間昼寝をして、このブログに一つ書き込みをし、50mほど離れた店に買い物に出かけ、明日のゴミ出しに備えてゴミと段ボールをちょっとだけまとめた。


そして今もう一つ書き込みをしている。
多分夕食を作って風呂にはいったら1日終わってしまうんだろう。


夕食を作って風呂に入る手順を考えると少し憂鬱になる。


洗濯物を取り込んで…たたむまで気力がないので家の中にハンガーごとつるした。


なんかとっても何もできていない気がする。もう少し効率よく動いて効率よくいろんなことがしたい。


でも、今の状態ではこれだけできればまあ、よしとする方が良いのかも知れない。


なかなか自分をほめるところまでいかないのでした。

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「普通にしろ」と言われること

最近息子が「普通」アレルギーになっている。
「”普通”を考えるとアタマ痛くなってくる」のだそうだ。

まあ、判らないでもない。
周り、特に多数派の定型発達者だが、アスペルガーの一見奇異な行動に対し、「普通にしろ」とか、「もっと普通にできないのか」とか、「普通で良いんですよ、普通で…」とかいうことが多い。

実際若い頃は私もさんざん悩んだテーマだ。

アスペルガー症候群者の多くにとってこの「普通」というのは全く判らない概念なのかもしれない。

私自身はとっくの昔に投げてしまってもう考えることもないが、一応結論づけておいてある。

言われている「普通」の多くはは「多数派にとって奇異に見えない様子」でしかないと思う。つまり多数の人間の中で「浮かない」ことそのものだ。

多数派の集団に於いて多数派の定型発達者は集団に合わせた行動をとることを自動的に選択する機能を有しているらしく、それが「普通の行動」と称されるようである。

アスペルガー症候群者にとっては「何で一定の反応しかしないんだろう」という疑問すらわいてくるが、彼ら多数派は場を一定の雰囲気に保つことに強迫的ですらあるので「普通にしろ」という要求をしたがるのは致し方がないことなのだろう。


「浮かない」「目立たない」方法が解りにくいアスペルガーの人間にとって「普通でいろ」「普通にしろ」と”だけ”言うのは本人にとって「ああ、自分ってなんだか普通じゃないんだ、変なんだ、悪いんだ」と罪悪感を持たせるような結果にもなりかねない。


多数派の人にはこの点を知っておいて頂けるとありがたいのだが…なかなかそうはいかないようで、アスペルガー症候群であることを知っていても「普通にすればいい」と言いがちであるようだ。


それだけ多数派にとっては「普通」が普遍性を持っているように解釈されているのであろう。


しかたがないのでアスペルガー症候群者の側である程度予防線を張っておかなくてはならないが、要は「多数派の個々のケースの普通」を知り「多数派に合わせるか」「多数派に合わせないか」の選択をどうすれば良いかだけの問題である。


私の場合、あまり合わせることに汲々とするのも自分でないような気がしてくるし、合わせないとうるさいので「ちょっと変わっているけれど結構いい人」というような所に自分のキャラを解釈される程度に周りに合わせることにしている。


ちなみに我が家では家中アスペルガーだらけなので家の中では多数派に「平板だ」と言われる語り口調がいたって「普通」であり、問題なくコミュニケーションがとれるのだが、それは多数派の間では「普通でない」ことのようだ。


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