「障害があるように見えない」という表現について考えてみる

「障害があるように見えない」

これは発達障害者がときどき定型発達者に言われるセリフなのだが、結構これには抵抗がある発達障害者が多いようだ。


(ちなみに私個人はなぜか抵抗がない)


なんでかな?と思って考えてみるに、成人発達障害者の多くが「つらさ」というものを抱えてしまっていることに遠因があるのではないかということに行き当たった。

日常のあちこちで「つらい」のに「障害があるようには見えない」と言われてしまうと、自分の「つらい」という感覚、ひいては「障害の存在」、「障害をもつ自分自身」を否定されたように感じてしまうのではないだろうか?


ところが…、


いろいろ観察していくと、定型発達者がこのような言葉を発するのに、実は深い意味はないことが殆どだ。
せいぜいのところ、「パッと見たところあなたが自分と違うようには”感じられない”」くらいの意味でしかない。定型発達者では好意を示すのに同質性の確認をすることが好きな人が多いことを考えれば、結構好意的な表現なのである。

(そういえば同質性の確認についての記事をだいぶ前に書いたのでリンクを張っておく↓
http://maminyan.blog5.fc2.com/blog-entry-118.html


もちろん「その言葉のウラには健常者至上主義が隠されている、許せん!」などとケチをつけることも可能ではあるが、それってちょっと無粋ではないだろうか?
自然に感じてしまう感じ方にケチをつけてもしょうがないのではないかと私は思うのだ。


比較的好意的な表現に対しては、相手が気にくわないのでなければ「好意的」な返答をすればいい。かくして私は「障害があるように見えない」という言葉に対して、


「そうでしょ~、いや~何しろ見えない障害なもんでね~」

というような返し方をする。


すると結構そこから「どんな障害なのか」についての話が広がったりするから不思議なものだ。





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第34回アスパラガスの会、参加登録開始のお知らせ

第34回アスパラガスの会(広汎性発達障害者のための自助会)参加登録開始のお知らせです。


日時:2013/5/25(土)14:00~15:45
場所:大阪府柏原市内某所
   (JR大和路線、近鉄道明寺線柏原駅から数分)

定員:30名

テーマ:定型発達者とのつきあい方

参加登録期間 2013/4/29~2013/5/14


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定型者の自己イメージとASD者のありのまま願望(2)


さて、昨日、前稿に関連してツイッターでなかなか興味深いご質問をいただいたのでちょっと続けてみる。

前回の記事はこちら

まずひとつ目、定型発達者も意識的に切り替えているのでは?というもの。

私自身が定型者でないため、真実のところはわからない。
が、いろんな方面で定型発達の方に伺ったところによると、かなり自動性は高いと思われる。ただ、新しいシチュエーションにおいてどういう振る舞い方をするか?(つまりいかに新しいレイヤーを構築するか?)といえば、それまでの経験から”類推して”意識的に選択していると考えるのが妥当だろう。

もちろん個体差はある。レイヤーの枚数の限界や、構築力において差はあるだろう。当然エラーが起こることもある(人間だもの)。

さて、ここでもう一つ問題になってくるのがレイヤーの作り方と利用の仕方である。

定型者の場合は「類推」という方法で意外に簡単にレイヤーをつくってしまう事が推測される。まあ、「ちょっと考えれば出来る」のであるらしい。

それに対してASD者の場合、「類推」機能がかなり弱いので、かなり強引に理屈をぶんまわして振る舞い用レイヤーを作るしかない。さらに利用するにも理屈をぶんまわし、かなりの部分意識的に判断していくしかないわけである。

自動化できない分これはかなり頭脳に疲労を引き起こしかねないやり方である。

多数のレイヤーを構築・利用しようとすれば、慢性的な頭脳の疲労にさいなまれることにもなりやすい。

どういう事かと言えばレイヤーの構築・利用に頭脳リソースの多くをつぎ込むあまり、他の事象へのリソースの配分が少なくなってしまう。
要するに対人コミュニケーション部分以外の様々な実行能力の低下まで引き起こしかねないということである。

というわけで、ASD者には最低限の振る舞いレイヤー以上の構築はおすすめ出来ないということになるわけだ。


衆人のなかで「ちょっと変わっているけど失礼ではない人」「ちょっと変わっているけど悪い人じゃない」程度の評価を維持できる程度の振る舞いレイヤーの構築くらいが、持てる能力を生かすためにも安全な範囲ではないだろうか?


さて、さらにもう一つ。


特に成人になってから違和感に悩んだりして診断を受けた成人発達障害者の多くが「ありのまま受け入れられること」を希求するのだろうか、という問題。

これは違和感をかかえながらも対人接触において試行錯誤をし、多数のなレイヤーを無理やり構築して適応しようとしてきた結果、失敗を繰り返しながらも過剰適応の状態に陥り、その反動として「ありのまま受け入れられること」を追求してしまうのではないだろうか?

が、これは、正直難しいのは「ありのまま」に対する定型者の生理的な抵抗があるのと、過剰適応の状態にまでなってしまった場合、前項で述べたように様々な能力が落ちていることが予想される。

となると「ありのままかつ能力が使えない状態」という事になる。

もちろん支援者の皆さんにはこの状態を見放さないで欲しいとは思うが、そのままの状態で社会に受け入れられることは難しいと思われる。

持てる能力をある程度生かしている状態での参加が社会のデフォルトだからだ。


この問題の解決策は既に述べた「変人枠の利用」である。
「ありのまま」+「ちょっとの加工(振る舞いレイヤー)」が能力のパフォーマンスを最大化するのだから。


まあ、色々述べたが「ありのまま主義からの脱却」が生き辛さを解消するための必要アイテムなのは間違いないだろう。



補足

本稿では、以下の書籍中にある、ASD者の「シングルレイヤー特性」というものをベースに考えを進めてみた。


4062597063アスペルガーの人はなぜ生きづらいのか? 大人の発達障害を考える (こころライブラリー)
米田 衆介
講談社 2011-12-17

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定型者の自己イメージとASD者のありのまま願望

時折ネット上でも議論になるネタがある。

「ASD者がありのままでいたらなぜいけないの?」
「私たちはありのままの自分を受け入れて欲しいだけなのに」

というものである。

実際、私もそう思っていた時期があったりする。

自然にやっているつもりなのになぜ浮いちゃうのだろう?
とか思ったことも多い。


さて、結論から言ってしまう。


「ありのまま」は定型者にはギョッとされるのである。


理由は定型さんの思考構造にあるようだ。

模式化して考えよう。



定型発達者の自己表出構造




定型発達者の自己は多層(複数レイヤー)構造をしている。

根っこの自己の上に、複数レイヤーが微妙につながりを保ちながら存在している上に、相対する場面によってどのレイヤーを優先して可視化するか、すなわちどのように振る舞ったらいいか?を「自動的」に選択しているというわけである。


というわけで、むき出しの自己が表現されることはあり得ないのである。


ところがどっこい、ASD者は基本がシングルレイヤーである。
裏表がないという言い方もできるが、非常に単純な表出形態である。
すなわち、意識的に振る舞いを変えない限り基本むき出しの自己となる。


意識を介さないと複数レイヤー処理ができないASD者にとって、「ありのまま」願望があるのはある面当然なのであるが、むき出しの自己を表現する文化のない定型さんとしては「むき出しの自己」を見ることはは結構驚愕の事態であり、かなり気分的に「うっ」とくるものらしい。

というわけで、だいたいにおいて定型さんは

「ぶしつけ」「失礼」「素直すぎ」「押しつけが強い」

などという意味づけを自動的にしてしまうということのようだ。


こうなると定型さん相手ということがわかっている場合、不要な誤解を避ける為に、最低限のレイヤー(振る舞いレイヤーと呼んでおこう)を増築し、切り替えながら対応することが必要となってくる。


定型さんも使っているものなので、振る舞いレイヤーを使用しても、「本当の自分でないので失礼に当たるんでは」「嘘をついているようで申し訳ない」などという心配をすることはさらさらないということになる。


ありのままは個室あるいは自助会等のASD者がマジョリティになる集団においてのみに留めておいた方が
周囲との問題を生じないのではないかと思う。




余談なのだが

ASD者でも、「自分に合う職はどういったものか?」という疑問は持つ。
しかし「本当の自分とは?」という疑問に悩むということは少ないようである。

それに対し、定型発達者ではしばしば「本当の自分とは?」という悩みが生じるようである。

上記のような自己構造をとり、自動で切り替えが行われてしまうため、どの層が本当の自分か?
というような混乱が起こってしまう事によるものではないかと推測する。



補足

本稿では、以下の書籍中にある、ASD者の「シングルレイヤー特性」というものをベースに考えを進めてみた。


4062597063アスペルガーの人はなぜ生きづらいのか? 大人の発達障害を考える (こころライブラリー)
米田 衆介
講談社 2011-12-17

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