ASD児にルールを教えるかなり理屈っぽい方法

アスペルガーな私のルールの理解

どうやってASD児に「いけないこと」を教えればいいのか? そういう質問をある人から受けたことがある。

さてはて?
じつはこの質問、私にははじめピンとこなかった。

「いけない」という言葉に引っかかりを感じてしまう。

「いけません」というのは叱るときの言葉として有名な言葉はある。
同種の言葉に「ダメでしょ」というもある。

知識としては知っている。しかし、どうもあまり聞き覚えがない。
子供の頃に少なくとも親からはそういう言葉をあまり聞いていない気がする。
そういえば…私自身もそういう表現を殆ど使わない。
ボキャブラリーとして身についていないような気がする。

だがやって良いことと悪いことの区分はそれなりにしている。
ではやって良いことと悪いことをどうやって学んだのか?

たぶん「ルール(規則)」として理解している。
ただ、

いけないことの集まり→ルール(規則)
 という理解ではなく
ルール(規則)→不適切な行動をしない為の指針
 という理解なのかもしれない。

狸穴流ASD児向け理屈っぽいルールの教え方

ところで社会にはルールはたくさんある。 成文法を筆頭に地域ルール、職場内ルール、学校内ルールなど、盛りだくさんだ。

ASD児は学んだ規則をよく遵守するとも言われるが、その規則をガチガチに守ろうとしてみたり、 ルールを守らない他者に対して怒りを露わにしたりといったこともよく聞く話である。
私に質問をくれた方はそのあたりも想定していたようである。

さて、一応私も人の親、それも息子も娘もASDだ…というわけで、子供にルールを教えたことはあるわけだが、どうやって子供にルールを教えてきたのか?

危険防止は絶対制止だが、それ以外は基本「ルール」として教えていた。

但し、かなりの部分「一応」という但し書きをよくつける。 「あ、それ、一応ルールだからそうしとこう」という感じ。

「絶対じゃないかもよ」「場所によって違うかもよ」という保留をつけておくことによって後々の拡張性を高くしておいたのではあるが。ここは何となくの勘である。
ただ、交通ルールなど、危険防止の部分は絶対守るとしておいた。

だが、交通ルールを守らない人がいるのが気になるお年頃になると様相が変わってくる。息子も娘もASD児らしくしっかりきっちり「ルールを守らない人がいること」が気になったクチである。

「人のことはほっときなさい」

というのも当然いったことがあるが、子どもが納得いかない顔をしたところでチャンスとみて説明を開始
ルールとはなんであるのかについていろいろ説明していった。

こんな感じ↓

誰にとっても(自分も含めて)「嫌なこと」ができるだけ少なくなるようするためにいろいろなルール(きまり)がある。

嫌なことを嫌な順に並べると
 1「人の命を脅かすこと」
 >2「人に怪我や痛みを与えること」
 >3「人の権利を奪うこと」
 >4「その他の不快(納得いかない、見たくない、感じたくないこと)を人に味あわせること」

上にいけば行くほどそれを少なくするためのルールはの重要度は高く、絶対守らなくてはいけないものになる。 というような感じ。

4など状況依存、相手依存の部分が増えてくるし、「お互いさま」という部分も出てくるので、こういうものは折に触れケースに応じて説明し、「ルールの意味を考える」ことの習慣づけを目論んだ。

自閉っ子児童でよくあるのが交通ルールの問題だが、交通ルールが「ある事、それを守ること」は1や2の「嫌なこと」をなくすためだから重要。だけど、守る人がある程度多ければ全体として「嫌なこと」はかなり減るし、守らないことは守らない人が1や2の目にあう可能性が高くなるだけだから、車どおりのない時に信号を守らない人がいても取り締まったり、ルールを守らないことを非難することは多くない。(つまりペナルティ(罰則)は低い)

とまあ、こういうことを子供向けにかみ砕きながら説明していった。

実はこの説明の基本線は、「ルールを守らない人がいること」が気になっていた子供の頃の私に父があれこれ説明してくれたもののパクリである(私も相当理屈っぽい子供だった)。父の説明はもっとまわりくどくて小難しかったので多少アレンジしてはいる。

これ、理屈っぽいタイプのASD児には結構有効な説明なのではないかとおもう。

ルールの理解と自分を大事に思えること

ただ、この説明が有効打になるには条件があるとは思う。
自分や家族の生命や身体に関して「とても大切だ」という気持ちが育っていなかったり、他人を他人として尊重できないと、ルールの優先順位が適切に理解されないという可能性はあるにはある。

自分を大事にできなければ家族や他者を大事にできるわけもない。
そして自分を大事にするには「大事にされたという経験の蓄積と、それが実感できること」が必要だ。

結局ルールの理解というのもそこに行きつくのかも知れない。



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第47回アスパラガスの会参加登録開始のお知らせ

第46回アスパラガスの会も無事終了。「家族との関わりかた」というのはやはり永遠のテーマなのかご参加の方も多く、活発な話し合いができました。ご参加の皆さまお疲れさまでした。


さて、次回のご案内です。


第47回アスパラガスの会開催概要

とき:2014年月8月23日(土) 午後2時~午後3時45分

ところ:JR大和路線・近鉄道明寺線 柏原駅徒歩数分の公共施設

参加費:100円(通信費・資料代等)

申込期間 2014年7月28日(月)~2014年月8月10日(日)

テーマ:会話がかみあうにはどうしたらいい?

定員:25名(先着順)


参加登録はこちら↓からお願いします。

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発達障害者と努力と冷やし中華の話

努力と練習と習熟と

発達障害者が言われて困惑する言葉の筆頭はこれだろう。

努力が足りない、

いったいどこまで努力すればいいのか?

必要な努力とはどういうもの?

悩みこむ人は少なくない。

いわゆるスキルに関してだが、facebookのフィードにこのことに関連する興味深い話が流れてきた。

「どんなスキルでも1万時間練習すれば達人になれる」は正しくない:研究結果 | ライフハッカー[日本版]

スキル習得1万時間説というのは、あちこちに流布していて、努力や根性が好きな人には目標設定が明確になるといった意味で好意的に受け取られる反面、他人に対して「努力不足」というレッテルを貼る材料にもなってしまいがちな側面もある。

上記の記事で取り上げられているのはブリンストン大学の研究だそうだ。

目的としているスキルによってスキル習得に練習時間の関与する比率が異なるというのはなかなか興味深いし、平均だろうが、「(意図的)練習量が技量の差の原因のわずか12%しか占めていない」という数字も、その数値の低さにかなりびっくりである。

スキルの習得には練習は必要なものではあるものの、練習・訓練以外の要素がここまで大きいとなると、「とにかく練習!」「ひたすらトレーニング」というのが合理的でないということになり、努力万能主義がはびこるのに一定の歯止めが掛けられる可能性をもった研究成果ではないかと思う。

練習量以外のどういったことが技量の差を決定しているのか?これからの研究の伸展が気になるところでもあるが、日本などはもともと努力主義のはびこりやすい土壌なだけに、練習以外の要素をもっと積極的に考えていくことは悪くはないだろう。

同じスキルに到達するのにサックリ到達してしまう人もいれば、長時間かかる人もいる。

この違いにはいろいろな要素が考えられる。「身体機能(器用さ、知覚等)」「好き嫌い」「指導者」「周囲の励まし・評価」「コツの知識量」、「動作を認知する力」、「動作を再現する力」「必要な情報を収集する力」「コツを構築する力」…。

冷やし中華から見えてくる努力の方向性

ちょっと思い出したのが錦糸卵(薄焼きの卵を細く切ったもの)。そう、細切りになって冷やし中華の上に鎮座していたり、ちらし寿司の上にちりばめられていたりするあれである。

hiyashi.jpg

卵を薄く焼いて切っただけのものであるが、これが意外にコツがある。

まず配合。味優先か見た目優先かで配合が変わる。塩か白だしあたりで味を調えるが、できるだけ細く切りたい時は水どき片栗粉少々を加えておくと張りが出やすく、細く切りやすく仕上がる。

あとは焼いてから切ればOK…とはいかないのが困ったところで焼いたり切ったりにも結構コツがいる。まあ錦糸卵の作り方はこの記事の主題ではないので、切る部分にしぼって話を進める。

焼き上がった卵を重ねて適当に折りたたんで切るわけだがそう簡単にうまくいかない。
焼いた卵は結構柔らかいのでつぶれやすいし何枚も重ねていると角度もずれやすい。お手々を猫の手にして、ちょっとずつずらしていく…ことができても意外に難航するポイント。

何度も練習して力の加減等を体得…なんてことを言わなくてもあっという間にうまくなる方法がある。

実は初心者や下手な人を見ているとたいてい包丁の刃渡りをケチって使っている。
刃渡りをケチって使えば力が必要になり、つぶれやすく、ずれやすくなる。

「刃渡りのうち最低10センチくらいは使って、力を今までより半分くらいぬいて切ってみて」

これでたいてい格段に上手に切れるようになる。

この場合、「刃渡りの使い方」という視点がなければいくら練習してもそうそう簡単にはうまくならない。
「慣れ」とか「練習」をやたら強調するひとは、できない人の動作を観察できていないという部分はある場合が往々にしてあるのだろう。

ただ、毎度コツを教えればいいのか?というとそうでもない。
「視点」を自分で見つけられるようにしないと後年自力でスキルを身につけられないとったことになりかねない。

発達障害者の場合、どうしても1箇所に注目が向くとそこからフォーカスをはずしにくいという人は多い。
上手なやり方と下手なやり方の「違い」を多方面から観察していくといったトレーニングをしていくことは療育等でも重視されて良いのではないだろうかと思う。

「どこが違う?」「何が違う?」といった問いかけというサポートがあれば、結構身につくものなのではないかと私は思っている。

努力もトレーニングも効率よくすれば負荷は減るもんね。



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リストバンド型メモ「LIST-IT」がうっかり忘れ防止になかなかいい感じ

身につけられるメモ



うっかり忘れ…それは発達障害者の宿命なのか?

忘れちゃいけない何かを忘れないようにするのは結構難しい。
次になにか目に入った瞬間に忘れているなんてことは珍しくない。


「忘れるならメモとっとけば?」


というアドバイスは正直あまり役に立たない。


うっかり忘れのメカニズム




メモを用いてもうっかり忘れというのは簡単に発生する。


【ステップ1】メモをとろうとペンと紙やメモ帳をひっぱりだす。

【ステップ2】用事を書きつける。


ここまではなんとかできる。
だが、ここから先が発達障害クオリティである。

クリアしなければいけないステップは

【ステップ2】メモを見返す

これが実は難関なのだ。


メモを書いたことを忘れる。
メモをおいて置いておいた場所を忘れる。
メモを持って出ようとおもいつつ持って行くのを忘れる。


これらをやらかすために【ステップ3】がクリアできる確率は結構低い。
たびたびやらかすと、メモを書くのすらウンザリという気分にもなってくる。


最近はスマートフォンのカメラで書いたものの写真をとるとか、スマートフォンのリマインダー機能を利用したりもするがそれすら万全でない。

なぜなら…

私は肝心のスマートフォンを家に置き忘れるということをときどきするからだ。


特に近場に出かける時などがアブナイ。


腕にはめるメモ!LIST-IT



そういう私にうってつけのツールがあった。
ツイッターでフォロアーさんが教えてくれたのだが、「LIST-IT」というなにやら細長い付箋紙のようなものである。

腕につけられるメモ!

これなら上記の【ステップ3】をクリアできる。




というわけでさっそく購入してみた。

クリアなケースに入って、なんかちょっとおしゃれな感じではないか…

listit3.jpg

出してみるとこんな感じ。
10色あってカラフルである。

listit2.jpg

娘に手を貸してもらって(←字義通りでOK)装着時の写真を撮ってみた。

listit.jpg


片手で装着はちょっと難しそう…と思ったが、両手で小さい方の端を大きい方の端の穴に差し込むところまでやってから腕にはめ、それから長さを調節すればいいことがわかったので難なく解決。長さの調節は片手でも難しくない。

用事がおわればピッとやぶって腕からはずす。
達成感が実感できるといった感じで結構気分も良い。
娘に買い物を頼む時にもいいかもしれない。


ホント、こういう道具があるといろいろ助かりますね~。
別に障害対応というものでなくても、一般の商品などの中にも探せばいろいろ便利なツールがあるのかもですね。




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フェルデンクライスボディワークを体験してきた(身体アプローチ体験その2)

フェルデンクライスボディワークに興味津々

5月頃だっただろうか?ストレッチについて調べていてたまたま見つけた「あべこべ体操」というとても簡単なストレッチ体操をやってみて、非常に気に入っていた。気に入っていた理由は肩こりが治ったのでもなんでもない(元々肩こりしないから…)、なぜか「寝付きと寝覚めが良くなった」からである。

で、その出所をと調べていくと、その開発者はどうやらフェルデンクライスボディワークの指導者らしいとわかった。以来フェルデンクライスボディワークにはちょっと関心を持ってはいた。

ところが7月3日、たまたまfaceookで知り合いがフェルデンクライスボディワークのレッスンに行ってきたという話題を書いていたのを見て「いいな~興味あるんだよね~」ってなことを書いたら、「大阪でもあるよ~」と教えてくれた別の方がいた。

「へえ、それはいいかも!」と詳細ページをみたら2日後に近場でレッスンイベントがあるではないか。しかもなんと指導者がアスペルガー絡みでの古い知り合いではないか!!あーびっくり! (指導者まささんのHPはこちら→ http://climbmasa.blog86.fc2.com/ )、これはラッキーというわけで即申し込みをして参加と相成った。

フェルデンクライスボディワークのレッスン体験記

さて、当日会場に開始10分前に到着し、さっそくレッスン。 うーん、なかなか独特のスタイルである。

身体動作の見本を指導者が示すのではなく、指導者の口頭での指示に従い、参加者が自分の感覚を頼りに身体を動かしていく。

口頭での指示も非常にゆっくりとなされるので、超寝不足頭でも特に混乱する事なく理解し動作をすることができたから口頭での指示がかなり苦手な人でも苦にならない範囲だろうと思われる。

非常にゆっくりとした動きをしながら動作させている部分とそれに連なる様々な関節・筋肉等への波及の感触をずずずいーっと確認していくといった感じ。

おもしろいのは意図的に動作させているところ以外への波及が広範囲に及ぶのがわかる事だ。足を動かしているはずなのに肩にテンションがかかっている感じやら。舌を動かしているのに耳に波及感があるというような感じなどである。

そして特に興味深かったのは「接地感」である。 ワークとワークの間に「立つ」「歩く」という動作が入るのだが、はじめのワークが終わってゆっくり立つようにという指示で立つのだが、びっくりした。

足の裏が床面に吸い付く!

あえて言葉にすれば身体のあちこちのバランスが良くなり、結果として足の裏の接地面が広がったのだろうということになるが、足の裏全体で重力を感じるといったその感触が非常に印象的だった。

翌日以降、1人で同様の動作をしてもやはり同じ印象。 畳1枚分のスペースがあれば1人でもやれるのはうれしい。

ちなみにフェルデンクライスボディワークというのはウクライナ出身の物理学者が開発したものだが、開発者のモーシェ・フェルデンクライスは嘉納治五郎の直弟子で柔道で黒帯を取得していたという。

身体の動きと脳みその関係というのは深いなあとあらためて認識。



フェルデンクライスメソッド入門

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操体法のコンディショニング講座を体験してきた(身体アプローチ体験その1)

身体アプローチ体験をしてきた

このところ、ASD児者の適応改善につながる身体からのアプローチについてあれこれ勉強しているのだが、6月と7月にラッキーな体験ができた。

1つは操体法というもの。 もう一つはフェルデンクライスボディワークというもの。

どちらも身体へのアプローチでありながら、身体的負荷が非常に低いものだ。もちろん運動能力なんぞこれっぽっちもの必要としないのもうれしいポイントだ。どちらも自閉症スペクトラム児者だけをターゲットにしたものではないが、身体の荷重バランスを重視したものなので、姿勢や立ち方などにも大いに関係するから自閉症スペクトラム児者にとっても役立つものであろうということで、前々からいつか体験できないものかと狙ってはいた。

ひょんなことからその機会に恵まれたのでこれ幸いと出かけてきたわけだが、せっかくいったのに記録を残しておかないのはもったいないので書くことにした。

この記事は操体法体験についてまで。 フェルデンクライスボディワーク体験の記事はこちら

操体法に興味津々

6月14日、横浜で行われた「栗本さんのコンディショニング講座」というものに参加してきた。 栗本さんというのは、小田原で「からだ指導室あんじん」という操体法の教室を開かれている方で、最近自閉症児者の姿勢の問題にも取り組まれている。

この講座の主催は「自閉っ子シリーズ」の版元の花風社さんで。花風社の浅見社長のブログでこの講座のことを知り、参加してみたいと思ってはいたものの、なにせ開催地が東京だの横浜だのっていう首都圏ときたもんだ。ちょっと大阪から気軽に参加というわけにはいかないなあと指をくわえていた。

そんな折、父の23回忌の法事を6月15日にすると実家の母から電話が。私の実家は埼玉南部、法事は東京谷中のお寺でやる、すなわち当然上京することになる。

おおお、前日ちょっと早めに出かければ栗本さんのコンディショニング講座に参加できる! これはまさしくご先祖様のお導き!ありがたやありがたや!

とまあ、こんな具合で幸いにも参加できる事になった。

操体法コンディショニング講座体験記

6月14日、久しぶりに家を空けるのでその準備やら何やらで忙しく、おまけに新幹線の中でも寝そびれ、へろへろの寝不足状態で新横浜に降り立ち、電車を乗り継いで5分遅刻で会場に到着。

広めの和室に集まっているのは自閉症児の親御さんと成人当事者といった模様。 自閉っ子と姿勢の問題についての概観について、栗本さんと浅見さんのお話の後、実技スタート。

まずは状態の把握からということで、身体のバランスをいろいろ見ながらワークをしていく。 ワーク自体は、

「え、これだけ?」

というような非常に簡単で、動作も運動的な要素(連続的な動作)がほとんど伴わないものが殆どでちょっとびっくり。

そして、短いワークの後で身体の状態を確かめるために動いてみてまたびっくり。一つ一つのワークをしていくごとに確実に身体のバランスや関節の動きが変わってくるではないか。

そしておもしろいのはそれに伴って生じる筋肉が軽くなる感じ。

「今日バタバタ歩いた足の疲れからの筋肉痛にならなくて済むかも、しめしめ」

と密か思っていたのだが、翌日本当に筋肉痛ならなかった。 特にストレッチっぽいことはまるでやっていないので、これはおもしろい。

(今回は主に2人ペアでやるタイプのワークを教えてもらってきたので、翌日の法事→動物園行きとたっぷり歩いた後に母と2人で試してみたが、やはり同じような体感をえられた。)

私自身、肩こりは殆どしないし、立ち仕事苦になるほうではないので、たいして問題はないかと思っていたが、いくつか問題点…というか身体のクセを発見してもらえたし、改善方法も学べたということがラッキー…ということもあるが、ここから考えられるのは自閉症(ASD)児者の身体の負荷というのは予想以上大きい可能性があるということだ。

なにせASD当事者で動きにくそうな人や姿勢の悪い人はいくらでもいる。

自閉症(ASD)児者の身体負荷の問題を再認識してきた日であった。




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視線認知と自閉症の特性(3)-視線理解の問題と感覚過敏-

前回の記事「視線認知と自閉症の特性(2)-共同注視ができないことの意味するもの-」はこちら

視線理解の問題と情報入力

前回は自閉症者にしばしば見られる視線理解の困難が社会的情報収集の問題に繋がる可能性について語ったが、今回は視線理解の困難さを引き起こしている原因について考えてみる。

自閉症者の多くが感覚過敏の問題を抱えているということは、今回のDSM(アメリカ精神医学会による精神障害の診断と統計マニュアル)の改訂にもそのことが盛り込まれたように、近年ではかなり知られた話になってきた。

一応簡単に説明しておくと感覚情報の刺激をうまく受け取れず、一部の刺激に拒否感をもったりというもので、だいたい次のようなものが多い。つまるところ情報入力時のトラブルだ。

音声過敏
ある特徴の音に耐え難い苦痛を感じたり、音声刺激が混乱して聞き取りや聞き分けが苦手だったりする。
視覚過敏
眩しいのが苦手だったり、ある範囲の色調・色温度を嫌ったりする、ある種の形状による見えにくさが併存する場合も。
触覚過敏
皮膚接触による刺激に敏感で、服についているタグに不快感を感じたり、身体の特定の部位を触られることを嫌がったりする。
嗅覚過敏
においに敏感だったり、特定のにおいに耐えられなかったりする。雨が近づくとにおいでわかったりすることもある。
味覚過敏
特定の味、口当たりなどに耐えられなかったり、濃い味が苦手だったりする

このほか、いわゆる五感だけでなく、痛みなどの痛覚刺激、揺れなどの前庭感覚への刺激に敏感な場合もある。 また、敏感なだけでなく、ある種の感覚刺激に対して鈍感な場合もある。痛みに鈍感で怪我や病気に気が付きにくいと言ったことはよく聞かれる話だ。

私自身も音声過敏にはしばしば悩まされるし、視覚過敏も多少ではあるがもっている。最近はそうでもないが子どもの頃は肩や背中に触られる事には非常に敏感で、小学校の頃など、運動会の練習で前の人の肩につかまって円陣を作るといったものには耐えられなかった(くすぐったくて声をあげてしまったりつい身体をすくめてしまう)。

感覚過敏の問題は実は結構深刻で、不快な感覚刺激にさらされることがパニックや他の能力の低下の誘因になることもある。また、本人にとってはその感覚が当たり前なため自分に感覚過敏があることを認識しにくく、周囲もそれに気づきにくい。

また仮に本人がそれを認識してその問題を周囲に説明しても、定型発達者には「慣れ」でなんとかなりそうだと思いやすいのかl、なかなか理解されにくい部分でもあるといった問題もある。体調によって症状の出方が結構変わってしまうことも多く、そのこともさらに感覚過敏の理解を難しくしている。

あることを自覚していてもなかなか対応しにくいといった側面もある。私自身が対応し損なった時の記事があったので挙げておく。
季節はずれの春の祭典

もちろん、悪い側面ばかりではなく、視覚に敏感さを持つことが繊細な色彩感覚に繋がったり、味覚に敏感さを持つことが料理のスキルに繋がったり、また、音声に対する過敏さも音感の鋭さに繋がる場合というのも結構ある。

ただ、コントロール状況によってはそれなりに面倒なものだというのはご理解いただけたと思う。

感覚過敏と視線理解の関係を考えてみる

なぜいきなり感覚過敏の問題が出てきたか?これと視線理解や学習のの問題がなぜ繋がってくるのか?疑問に思った方もいらっしゃると思う。

ちょっと前にアーレンシンドロームに関する記事を書いた。
発達障害者の視覚過敏とアーレンシンドローム(ほか視機能関係参考サイトまとめ)

アーレンシンドロームという概念を知り、その対策(有色メガネ、有色フィルムの利用)によって学習困難にとどまらず様々な困難が改善される例があると知った時、私は何かストンと腑に落ちたようなところがあった。

それはまず自分の感覚として、この歳まで生きてきて、それなりにいろんな対策をうってきた(意図したかはともかく)せいか、アスペルガーの特性と言われるもので困ることがあまりないのだが、一部の感覚に関する問題はいかんともし難い部分があるのだ。

味覚や触覚に関する過敏さはかなり薄れた部分もある。しかし、音に関する過敏は今も変わらずあるし、視覚刺激に関する刺激過多もちょっとしんどいときがある。また、周囲の成人アスペルガー当事者の話を聞いたりしていても、視覚や音声の過敏に苦労している人は少なくない。

まあ、ごく単純に考えても目の前の人の顔が認識しにくかったら視線どころの騒ぎじゃないのは容易に想像がつく話でもある。

薄れる過敏と薄れにくい過敏

なにやら感覚過敏にも薄れやすもの、薄れにくいものがあるような気がする。これはいったい何を意味するのか?

適応状態と姿勢の関係について気になるという話はこちらに書いた。また、固有受容覚や前庭覚といった体性感覚の問題をトレーニングによって解消することで様々な困難にアプローチする「感覚統合療法」は自閉症児の療育法の1つとしてかなり知られたものになりつつある。

これらのことも含めて考えると、自閉症児者において、感覚刺激に対する処理システムの問題がかなり根本に近い問題なのではないか?と思えてくる。

感覚刺激という負荷

人は生まれてすぐにそれまでほとんど浴びてこなかった大量の感覚刺激にさらされる。光と音のシャワーに重力に…におい、触覚等々、この辺もうちょっと考えてみても良いのかもしれない。

チベットの伝統的な出産において、産屋は光があまり入らないようにすると共に、生まれた赤ん坊はいきなり光にさらしてはいけないということで、産屋から外に出すまで2週間ほど待つといった事があるというのを読んだ事がある。(「明るいチベット医学」大工原彌太郎 情報センター出版局1988)

このあたり、近代的な出産は意外に配慮されていない部分かもと思うが、今どきの出産~育児の環境においては新生児が明るい光りにさらされるのはごく普通。

だが、光の刺激に関する情報処理に生来的な弱さがある場合、大量の光にさらされることが脳の様々な部分に負荷をかけやすいことは十分にありうるし、発達や学習に影響を与える事もありうるだろう。

自閉症スペクトラムは生来的な機能不全か後天的な阻害(抑制)現象かという問題。

自閉症は先天的な障害で治らないというのはよく言われる話だ。

だが、個々の当事者の社会適応状態は非常に幅が広いし、適応状態が大幅に改善したとという話も結構聞く。

たぶんこのあたりが「あいつ本当は自閉症じゃないんじゃない?」などという「本物論争」が起こりがちな理由なんだろうとも思うが、改善しない例、改善する例、どちらも本物だと考えて見ると新たなことが見えてくる気がする。

機能Aの障害は通常その機能に依存してはたらく機能Bの阻害(抑制)要因となりうるが、機能Bを機能Aに依存しない形で賦活させることができれば機能Aの障害があったままでも機能Bの障害は軽減or消滅するというのは、まあリハビリの世界では当たり前の話。

脳梗塞後の麻痺のリハビリなどは典型的なものだ。麻痺部の運動の為にかつて使っていた脳神経が障害されても、他に動作の感知・コントロールをできる脳神経機能が開拓され、利用可能になれば筋肉を動作させる能力を再獲得できる。 リハビリがうまくいって動作の問題が無くなることはありうるが、損傷部位が治っているわけではない。

発達段階でもこれと同様のことが起こりうると考えるのは別に不自然ではないだろうし、高齢者のばあいよりも可塑性が高い可能性すらある。 通常機能Aをベースに発達する機能Bを考える時、機能Aに代替する別のシステムを確保できれば機能Bが発達する事は別に不思議な事ではないだろう。

自閉症スペクトラムにおける症状の幅の広さ、社会適応度の幅の広さはこういったことが起こりやすいことからきているのではないだろうか。

こう考えていくと、現在障害の柱と見られている「社会性」「コミュニケーション」「想像力」というのは、生来的な障害の為に陥りやすい症状群と捉えた方が良いのかもしれない。

自閉症スペクトラムにおける感覚の問題とは

自閉症に話を戻す。感覚過敏の存在から考えるに、自閉症者が感覚刺激の受容にシステムに何らかのトラブルを抱えている可能性は高いと言えるだろう。

感覚過敏は「不快」の問題以外があまり取りざたされてこなかったが、感覚の問題に対する対策で自閉症者の適応状態が改善されたという話は結構多い。

サングラスやアーレンレンズの着用、照明の色調の変更、イヤーマフや耳栓、ノイズキャンセリングヘッドホンの利用などがそれだ。とりわけ、アーレンレンズの着用が適応状態に良い方向にはたらいたケースが報告されていることなどから考えるに、感覚過敏には「不快」以外の影響も考えられる。(「自閉症だった私へ ドナの結婚」 ドナ・ウィリアムズ 新潮社 2002  にアーレンレンズの話が出てくる)

そうこう考えていくうちに 「感覚刺激の受容システムのトラブルが特異的対人情報処理システムの動作に阻害的(抑制的)にはたらく」 という仮説が私の脳内に湧いてきた。

この仮説を用いると「感覚刺激の環境調整」が自閉症児者の社会適応力の発達を促すことがあるという現象をうまく説明できる。

感覚の問題は本人にとって「当たり前」と認識されやすく自覚しにくい上、周りも気にしにくい部分ではあるが、そのコントロールは今まで考えられていた以上に重要なのかもしれない

3回にわたって書いてきた視線認知シリーズだが一応今回で終わり。ただ、実はまだまだこの論はかなり甘い部分のある状態。薄れやすい過敏とそうでない過敏の問題、身体感覚との関連など、まだまだ検討することは多い。ただ、視線からはちょっと離れた問題も多くなるので別立てにしたいと思う。



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ドナ ウィリアムズ Donna Williams
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岩永 竜一郎
花風社 2012-03-21

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第46回アスパラガスの会参加登録開始のお知らせ

皆さまこんにちは。

6月28日のアスパラガスの会の集いも無事終了。
「友達づきあいを長続きさせる方法は?」というテーマで語り合いました。友人関係について、友人関係とはそもそもどういった関係性なのかというような大きな話題から、言葉遣いで失敗しないための方策などちょっとしたスキルの話題まで、様々なご意見があり、非常に活発な話し合いとなりました。
ご参加の皆さま、ありがとうございます。


さて、次回のアスパラガスの会のご案内です。

第46回アスパラガスの会は以下の要領で開催します。

日時:2014年7月26日(土)14:00~15:45
場所:大阪府柏原市内某所
   (JR大和路線、近鉄道明寺線柏原駅から数分、お申し込み後に詳細をご案内します)

定員:25名

家族との関わりかた

参加登録期間 2014/06/30(月)~2014/07/13(日)


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<おまけ>
実は先月半ば、発足以来デザインを変えていなかったアスパラガスの会のホームページをこっそりリニューアルをしました。
多少見やすくなったかな?よろしければみてやって下さいませ。



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