相手の身になって…自分と置き換えて考えること

子どもの頃から、あちらこちらで表題のように言われて育ってきた。


特に学校でだ。

大体叱責の言葉と一緒だったようにおぼえている。

大抵言われても意味がわからない。



「○○」と言われたらどんな気持がするの?


「はあ、別に…」


「自分が相手の立場だったらどう思うか考えてみなさい」


「特になにも気にしない」


とまあ、かみ合わない。


かみ合わないのはまあかみ合わないのだが、
叱責されているわけで、こっちは頭の中は混乱する。


何でそんなに怒っているのか?
わからないままに叱責され続けることも多かった。


さて…


定型発達者の感じ方とアスペルガー症候群者の感じ方は相当違う。


違いを無視して「相手の身になって考えろ」とか「自分に置き換えてみればわかるはずだ」と叱責されても、何も意味をなさない。


特に「自分に置き換えたら」「何とも思わない」ことも多いのだ。


アスペルガー症候群の児童がこういった叱責を受けることは多いだろう。


教師の叱責が「本当にわからない」瞬間である。


「人に身になって考えろ(…そうすればわかるはずだ)」
「自分と置き換えて考えろ(…そうすればわかるはずだ)」


前提は「同じ感じ方をする」ことである。

でも、同じ感じ方をしないのである。


教育現場では、是非「同じ感じ方をしていない」という前提で
叱っている理由を「説明」して欲しいと思う。


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コメント

そうそう、そうなんですよね、違うんですよね。
自分だったら…何ともない…それで叱られるから、サッパリ意味がわからなくて反抗しまくりました。
先生も親も「感じ方が違う」前提で接してあげて欲しいです。


ゆうゆうさんへ
あは、私も反抗しまくりでした。

見た目なにも変わらないから、「わかるはずだ」「同じ感じ方をするはずだ」になりやすいんですね。

「目に見えない障害」だからこそ、より教育現場等では(家でもだけど)気をつけて欲しい問題だと私も思います。

狸穴猫さんのブログは目からうろこの記事が多くて、いつも拝見しています。
発達障害者がしてほしいこと(してほしくないこと)と、定型発達者がしてほしいこと(してほしくないこと)にずれがあるということなのでしょうか。

書籍などで、発達障害者は自分に置き換えて考えられないなどと書かれていたのを読んで、そんなことがあるのだろうかと首をひねったもので。
daysさんへ
daysさん、はじめまして。

ずれ…ありますよん。

スキンシップなどはして欲しくないアスペの人すごく多いし…。握手なんて問題になりそう…。
あとは自分の仕事を手伝ってもらいたいか否かとか…。


今更のコメントですが。。。
診断されているわけじゃないですが、アスペルガーっぽいです。
この、自分の身になれば…って全然自分の身になっても何にも思わないから言っちゃったり、やってるのに、こういう怒られ方されても「なんにも思いませんけど…」って口答えしてるみたいにしか理解が無いです。
しょっちゅう言われたのでめっちゃ共感しましたw

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