情動的言動にすぐ反応できないということ。~タヌキの例~(2)



(1)があるからには最低限(2)もあるわけで、会話事故?の話はつづく。


暑いさなかに暑苦しい話で申し訳ないが「防寒着」にまつわる話である。


前にも書いたがタヌキは去年の秋、紙の配送の大型トラックから足を洗い、パンの配送(4トンロング)へと転職した。


で、今の会社の社長はというと結構社員思いの社長だ。


車の装備も大型車並みで乗り心地重視。
制服もちゃんと洗い替え分まできっちり支給されるし、質も結構いい。


そのあたり、社長がしっかりしているのが表れている。


で、秋に転職して、しばらくたった頃、防寒着の支給があった。
なかなか暖かそうな防寒着で、作業性も良さそうだ。
結構いい素材の防寒着であることは見た目にも明らか。


で、問題は…この防寒着で起こった。


厳寒の頃、夕方、帰って来るなりタヌキが言う。


「社長相手に…やってもたわ!」


会話事故だ。


本物の交通事故でないからいいが、かなりひどいらしい。


========================


帰り際の出来事である。


社長:狸さん、その防寒着あったかいやろ!

 狸:はぁ、僕暑がりなもんで、作業するのはこのくらいの
   気候がちょうどええんですわ!
   僕ぅ、通勤のときしか防寒着 着ないんですわ。

社長:(無言…目が点、口あんぐり)

 狸:それじゃ、失礼します~。
   (家に向かって自転車をこぎ出す)



=========================

社長としては、社員に冬場の作業中暖かくして 快適に作業して欲しいと、奮発した防寒着である。
いわば社長自慢の防寒着…。


社長の「その防寒着あったかいやろ?」には多少の自慢と、寒い中がんばっている社員への気遣い、そしてそれを認めて欲しいといった気持ちが織り混ざっている。

なのに、作業中の暖かさを意図して支給された防寒着をタヌキは通勤のときしか着ていない(…それはまあ、個人の勝手としても、)それを言ってしまっては…社長としてはなんて言っていいのかわからないだろう。


で、二の句が継げない社長は目が点に…というわけだ。


タヌキ曰く、


「社長の顔つきが信楽焼のタヌキそっくりになった」





…そうだ。


(タヌキはおぬしだろうが…)


自転車をこぎながら、社長の顔を思い出し、徐々に


「事故っちゃった」


ことに気がついたらしい。

==========================

この話を聞いて私が腹を抱えて笑ったのは言うまでもない。


社長の気持ち(情動)にうまく反応できず、話を自分に引き寄せて、防寒着に関連する自分の状況を語り出してしまったという例である。


終業間際で疲れていたんだろう
”ありがとうございますプログラム”がうまく作動しなかったようだ。


うーん、残念!


===================

さて、アスペルガー者はこの手の会話事故が多い。


で、会話事故を防ぐことは難しい。


となると、被害を最小限に食い止めることに精力を費やす方が効率がいい。


そこで「ありがとうございますプログラム」なのである。


とりあえずこれをインストール、機会があるごとに使用しておけば

万一上記のような会話事故を起こしたときでも。

だいたいは、
「なんか変わっているけどいい人」
で評価をおさめることができるからだ。


このほかにタヌキがが常時装備しているプログラムがいくつかある。


「せわしく動くプログラム」(一生懸命に見えやすい)
「申し訳ありませんプログラム」(殊勝に見えやすい)
「とにかく笑顔プログラム」(いい奴に見えやすい)

などである。


確かに、会話事故をおそれるより、ある面、”激怒される”という被害を食い止める方が効率がいい。
情動的言動にうまく反応することを考えるのはある面アスペルガー者には無理があるもんなあ。


会話で、「自分に引き寄せすぎない」ことに注意するのも重要だが、普段のイメージ作りも重要だ。


とまあ、こんなところで今回のお話は終わり。

=================
7/4追記

タヌキによると「すぐ気がつく」のだそうだが、覆水盆に返らずなので素知らぬ顔をするしかないらしい。

それと私の記憶違いで、厳寒ではなく初冬のの出来事だったようだ。

後日談はタヌキブログに本人談が掲載された。






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コメント

素晴らしい
タヌキ様が、自転車をこぎながら帰宅途中に、ご自分で気づかれた事が、素晴らしいと思います。

他者にコンコンと言われても、しぶしぶ・・やっぱり受け入れられない人って居ますもの。(定型者の中でも)
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会話とは
こんばんは。
タヌキさんの例の(1)と(2)を読んで感じたは、
定型発達者は、会話では無く、同調を求めているんだなあと思いました。
言葉を多用する事で、友好や信頼を得ようとするのも分かる気はしますが、
沈黙によっても、信用や誠実さを示す事が出来ると思います。
p.s.コミュニケーションの方法として、「言葉」は、
   大きな武器の一つだとは思いますが、
   「ブレーキランプを5回踏む」(ドリカム)のも
   立派なコミュニケーションだと思います。
Re: 素晴らしい
本人曰く、すぐ気がついたとのことです。
ただ、覆水盆に返らずということで、そのまま顔を崩さずに帰ってきたとか。(それも笑えるけど)
後日談が本人談で、タヌキのブログからトラックバックされておりますのでそちらをご覧いただければ…。
Re: 会話とは
たこあんさん、こんにちは。
そうですね、同調を求めるところはあるでしょうね。
言語を多用するかは人によるでしょうが、「非友好的」を否定するための会話:すなわち敵でないことの表明のために同調的会話になるのだと思います。
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「沈黙は金」
2ヶ月ほど前から、新婚半年でお嬢さんの旦那さんが自殺された方から、愚痴と言うか相談と言うか、話を伺っています。
その方は20年来の顧客という関係で私がASと知っておられます。長女の誕生祝を当時は高校生であったお嬢さんから貰ったという付き合いです。結婚されて、実家の戻っていたときの幸せそうな顔を見て、私はとても嬉しかった。その旦那さんが「心の病」との遺書を残して、新居に移って一月もたたないうちに自殺。
最初に聞いたときに、そのお嬢さんや旦那さん、顧客に当たる母親、父親の心情を想像しました。認知的共感性というやつです。お嬢さんには、気付いて助けられなかったなどの自責の念、一人残してなど旦那さんを悪く思う心情、あんな楽しいこともあったといった旦那さんを良く思う心情などが交錯しているだろうと想像しました。

この認知的共感性での推測される心情が当たっているとは限りません。私が想像もできない心境かもしれません。仮に当たっていたとしても、その時にどれが強いか、自責か悪く思う心なか良く思う心情なのかは分かりません。それによって、かける言葉が違います。儀礼的に「この度は、ご愁傷様で、お悔やみ申し上げます。一日も早くお元気になってください。」ということは可能です。それで私の悔やみの気持ちは伝えることはできます。しかし、それでは私の本意、お嬢さんの背負っている重荷を少しでも一時でも一緒に背負って、心を立ち直す手助けをしたいという本意には適いません。儀礼的な会話は、私の気持ちを一方的に伝えるだけです。私の気持ちは済むでしょうが、それよりも大切な私の本意を満たす会話にはなりません。

定型の方、表情などから相手の感情を感じ取れる情緒的共感性がある、発達している方なら、その時の接した時のお嬢さんの表情や語調などから感情を感じとって、それを傷つけない言葉をかけることができるのだろうと思い、”会話事故”を起こして傷つけてしまう、この脳味噌が切なかった。

それからしばらくは、顧客(母親)は娘が心配で外出できず来店されませんでした。お嬢さんがお友達と数時間ほど外出されたというので、久しぶりに、他にお客がいない時間を見計らって来店されました。そして1時間ほど話されて帰られました。この方は、私がAS、情緒的共感性は乏しいが認知的共感性はあることを伝えてあります。それで、ご自分の心情を、解説的に散文的に話してくださいました。

定型発達者から支援と言う観点で評価するに、このように心情を話して、伝えるということが有効な支援だと思います。私のような言語性優位の場合は有効だと思います。
これを求めても定型発達者からは「指の間から砂がこぼれ落ちるように、言葉にすると気持ちが落ちてしまう」といわれて拒絶されてきました。定型発達の中でも情緒的共感性の強い方は、もっぱら表情など非言語的な手段で伝えあっているので認知的共感性を使うことがおろそかになっているため、会話中に出てくる第三者の心情を認知的に捉えることが下手ですし、自分の心情を認知的共感性で共感してもらうために過不足なく、自分の置かれた状況や経緯などをピックアップして整理して話す、伝えることが下手なように感じます。

それでは、ASが認知的共感性が発達しているかと言うと、そうともいえない。個人レベルには認知的共感性>情緒的共感性ですが、認知的共感性の絶対値が高いとはいえない。認知的共感性は、相手がいた状況に自分が置かれた場合に湧き出てくる感情、心情による共感ですから、自分自身の感情が豊かで、それを自己把握する能力が低ければ十分な共感は起きないと思います。その点、痛感するのは、私はある状況での自分の心情や感情の自己把握、セルフ・モニタリングが弱いこと。その時の喜怒哀楽を感じ取る力が弱いことです。他の方でも、唇がワナワナ震えているのに自分の怒りを判っていない例など失感情症的な事例を見ます。

失感情症・アレキシサイミアは感情を認知することの障害であり、臨床的には「しばしば対人関係での問題についても診察の時に話される。このときも自らの感情については見事なまでに語られない。」「話を聞くうちに、こちらとしては、車の故障を直してもらうために修理工場にやってきた人の話を聞いているような気分になってきてしまう。意識は自分の身体との距離が遠いように思われる」という印象をもたれ、「患者さんは『悲しいとはどんな感情ですか?』と聞かれて、辞書的な意味は答えることができるかもしれない。しかし、悲しいという感情を味わった自分の体験について語ってもらうと、その知的なレベルに比べて驚くほど貧弱なイメージでしか答えることができない。」「自らの感情が意識できないのと同様に他人の感情についても意識することができない。」そうです。

定型発達者側からの、自分の心情を解説的に散文的に伝えるという”支援”と、AS、言語性優位のAS側の失感情症的状態の改善努力が、車輪の両輪となっていると思います。閑話休題。話を娘さんの旦那さんが自殺された方に戻します。

顧客(母親)は、葬儀を終え実家に帰ってこられた娘さんに「私には、あなたの気持ちはわからない、想像もできないけど・・」といってから、一緒に泣いたそうです。娘さんの話を聞き、一緒になって泣いていたそうです。娘さんの漏らす言葉には、共感できるものもあれば、反発を感じるものもあったそうですが、それは言わず、一緒になって泣いていたそうです。想像もできない=認知的共感性が働かない場合でも情緒的共感性で共感できる定型発達者ならではの事で、言語性優位のASの私には無理なことです。

しかし、情緒的共感性はなくても、ASの私でもお嬢さんの話を聞くことはできます。そして思いを巡らすことはできます。そして発話を促し、心情の表出を促して、受け止めることはできます。涙は流せないでしょうし、共感は示せないし、適切な情動的言動もできないでしょうが、心情を受け止めることはできます。その時、最大の障害となるのが「黙っていらない」点だと思います。

これは次の7/4の記事にもかかわりますが、私の場合、不安から兎に角、何かを喋ろうとするところがあります。沈黙が恐ろしいという気持ちがあります。相手の心情が判らないままに話せることと言ったら、自分の関心事など自分に関することですから、相手にすれば話の腰を折られた感じを持ち、会話事故になると思います。お嬢さんの場合、私にできることは心情を受け止めることですから、この性質が顕れると、心情の流出を遮ることになります。

この件に限らず、相手が話に乗せて顕している心情がわからない、認知的共感性が働かない場合やそれで生じた共感に自信がない場合は、相手の心情の表出を促すようにする、自分としては沈黙を守るようにしてはどうかと思っています。「沈黙は金」
Re: 「沈黙は金」
ヒゲ達磨さんこんにちは。

ううーむ、とっても重い例ですねえ。
この場合沈黙以外にないかも…。

そういえば、若い頃から相談事などを受けるときが結構多いのですが、そのときのことを考えると、
定型の方にとっては、「話しきる」という行為が大事なようで、対策などをこちらがしゃべるより、「聞いてあげる」ことが優先事項だなあと思います。


初めまして。ASぽいの旦那を理解したくてたどり着きました。狸穴猫様のブログをまるで地獄で仏に出会ったように貪り読んでます…。とても勉強になります。

今回の記事で、ひとつ心配になったのですが、
http://maminyan.blog5.fc2.com/blog-entry-278.html  にて
>「人の身になって(自分と立場を置き換えて)…」も「自分がされていやなことを…」それが通用するのは「感じ方が同じ」場合にしか成立しないのだから、定型発達者にとっては「正しい認識」であっても、アスペルガー者にとっては「誤認識」となってしまう。

とありました。

うちの旦那は、今回の記事のような状況でははタヌキさんとそっくりな返事をするでしょう。
そして、もし旦那が社長の立場だった場合は、タヌキさんのような返事にやはり目を点にし、さらにはショックをうけるのでず。せっかく防寒着を用意したのになんだその言いぐさは!? 怒る。

うちのこの感じ方は定型と同じような…?
定型がされて嫌なことはASの自分もされたらすごく嫌。
けれど、自分がされて嫌なことをまったく気にせずに相手にしてしまう。

このあたりがマインドブラインドネスなんでしょうか。
不快に思う感覚は同じだけど、「対話相手を不快にさせてはならない」の感覚のみ両者食い違っている、ということでしょうか。
感覚が一致するものがあっても両者の溝は深いですね…
mさんへ
はじめまして、ようこそ。

さて、おたずねの件ですが、これは
感じ方がそもそも違うと思います。

定型者は「なんだこいつ」とちょっとは思っても、比較的些末なこととして処理する人が多いと思うのです

が、アスペルガー者の場合だと「一大事・ショック」となる可能性は高いのではと考えます。

1予想と違う返答→ショック
 ↓
2そこだけがクローズアップされる
 ↓
3自分は正しい→相手が間違っている。
 ↓
4不当な扱いに対する怒り

このコースをたどるののだと思いますが、定型者のパターンではこれは少ないかと思います。

なぜなら、2の「クローズアップ」 3「正誤判断」という過程はアスペルガー者ではなければさほど大きなものではないからと考えます。


なんか宿題もらった気が…(^^;)
もう少し考えが深まったらまたまとめて書きますね。
こりゃ、どう理解すれば良いでしょう?
たこあんさんのコメントで「定型者は会話ではなく同調を求めているんだなぁ」と、ございますが、
確かに定型者の会話には「そうですねぇ」という同調を期待するものが多いと気づかされます。

というとは・・・ASの方は同調なき会話を持続させることが、比較的抵抗無く出来るということでしょうか。

狸穴猫さん説の
ASの人の「予想と違う返答への、クローズアップ感によるショックの大きさ」とか「自分が正しいという固執ゆえの不当感」の強さがあれば、ASの人も同調会話を求めているのではないかなぁ・・・と思いまして。

ここんとこ、解んないんです。
横レスですが
今、数件、発達障害がらみの相談を受けています。抱えています。発達障害??の家族の方から、その"??"さんの言動、それへの困惑を言われる・聞かされる。私はその困惑感に共感しつつ、”??”さんの言動時の心の動きのおおよそを解説することになります。無論、私は”??”さんではありませんから、その状況下での私の心の動き方をシュミレート・模擬して話していることになります。

その結果、自分の心がAという動き方を状況Bでして言動Cをすると、周囲の方、定型者Dには評価Eをうむと記述されるデータが蓄積されます。相談事ですので評価Eは”困惑”ですが、自身の体験などのほかの情報源にする情報も含めて私製のデータベース、AS特性DBができます。

これには、私の心の二つの面が顕れています。状況Bで言動Cを行うAS的な働き方と言動Cに状況Bで”困惑”を感じる感性です。後者があるから定型発達者Dさんに共感できるわけです。Dさんは定型発達ですから、ASの私と感性が全般的に同じとか、類似していると言うことはありません。しかし、似た部分があることになります。

過日の当事者の集いで、若いAS者の言動に、私には定型の方なら不快であろうと思った言動、別のASの方が不快感を堪え切れず途中で退席なさっていました。ASだからと言って他のASの方のAS的言動を全て受け入れることができるわけではないのです。

>ASの方は同調なき会話を持続させることが、比較的抵抗無く出来るということでしょうか

同調”なき”ではなく、同調の程度が”少なくとも”だと思います。
ヒゲ達磨様
横レス伸ばしてすみません。

多分・・・ヒゲ達磨さんのアルファベットを使ったご説明は、コツさえ掴めばとても解りやすいものだろうと思うのです。
が、私には難解過ぎて何がどうなっているのか、解りません。

でも、とても良い内容らしい・・・という感じが致します。

ヒゲ達磨さんは、AS・定型の両者に理解ある方だと前々から思っていましたので、ここでひとつワガママを申してもよろしいでしょうか。

上記のコメントをですね、世間話風にと言いますか、中学生向けにと言いますか、も少しかみくだいてご説明していただけないでしょうか。
時間をください。
マルマルさん。
すみません、時間をください。
RE:こりゃ、どう理解すれば良いでしょう?
うーん、同調を全く求めていないということはないですね。ここはと言うところは同調を求める、それも内心強烈に…ってとこでしょうか。

ただ、そういう「思い入れ」なしの話題なら、同調されようがされまいが大して気にせず会話が進行しちゃうんじゃないかな。

特にアスペルガーだらけの場合、事実とギャグだけで会話が進行…って、これはうちの場合ですけどね。
狸穴猫さん。こんにちは。
私の投稿に一緒に考えてくださった方も、こんにちは。ありがとうございました。

レス拝見して、私も「またやっちまった! 対話事故」と思いましたです。

私は対話相手が怒ると、私が大きな失礼をしたと狼狽え、その場で相手をなだめよう、挽回しようと行動します。(ほぼ反射的に)
でも、内心では「この場は私じゃなくて相手が悪いと思うけど…けど関係を良好にするため、なだめ役を果たさねば」「いつも私だけが悪いわけでないのに謝って気持ちを取りなす役目になっちゃう」と思うからストレスになってしまう。

それが狸穴猫さんのレスを拝見して
「彼の怒りは私のまずい態度や行動に向いていて、私を責めている。そして怒りを表して私に復讐とか罰とか与えようとしている!?」と考えてしまいがちの私が間違っていたのでは?と思います。
まさしく新しい視野が拓けた感じ。

つまり、
1予想と違う返答→ショック  →→→パニック、パニックは怒りという形をとっている、

ので、彼の怒りは私に向かっているというより、対話が思い描いた脚本のように対話が運ばないことでパニクっているだけ、ということ。
私の対応を不愉快に思っているわけではない、ということ?

まあ私の対応が不愉快なのは事実と思いますが(^_^;)、「怒り」は中身は彼の内側の見通し通りにいかなかった苛立ちだけと考えて良い。
パニックなら、適度な声かけ程度で落ち着くまでそっとしておくのが良い。

・・・って、ホントにそうかな~(^_^;)
まあ、相手の脚本読めなかった私が悪いけど、そうそう読み切れるもんでもないし。

私もマインドブラインドネス。
説明されて初めて「そうなのか!」と、
ブラインドがかかっていた窓の外が見える気がします。
ありがとうございました。
mさんへ
「現象に怒る」は定型発達の方には少ないかもしれませんね。
定型者は自動的に、「矛先」たる人間が存在すると考えてしまうように思います。

この辺が齟齬の原因かなとも。

まあ、気楽に行きましょう。

マルマルさんへ
マルマルさん、
他での書き込みと共用している部分が多くて失礼かと思いますが、ご寛容をお願いします。

過日の支援センター主催の当事者の集いでのことです。センターが少人数のグループに分けています。そこでの自己紹介のやり方が、今回変えられました。若いAS男性が、それまでの前のやり方での自己紹介と積極的な発言を他の方に求めました。一人の方は明確に拒絶、もう一人の女性の方は小声でやんわりと拒否。そうしたら、そのAS男性が後者の女性の方に「発言が少ないのですけど、、」。女性の方がもじもじとされたので私が「ほとんど発言されない訳は?」と、女性の方の返事は「皆さんのお話を正しく理解、受け止めて、正しい応答を返したい」。これにもかかわらず、AS男性が「発言が少ないと集いに出でこられた意義云々」。とうとう女性の方は、一時退席されました。

この若いAS男性にどう注意すればよいのか?、単純に「雰囲気、読めよ」ではよくない。

それで考え「貴方は、この前までのやり方、話の順序で話を進めたい気持ちはわかる、同じやり方に拘ってしまうのは、手順が急に変わると大変なのは判るけれど、あの(退席された)方は、『正しい応答をしたい』ということで、発言が少ないのだからね」と発言。男性はちょっと戸惑って、「今は話すことがない」と返答。そして、二人ほど話された後で、再度、自己紹介されました。彼が黙ったままにならず、ああ、良かったです。

ASだからと言って他のASの方のAS的言動を全て受け入れることはできない事を痛感しました。また、若いAS男の方からは、私が自己紹介するまで、「(支援センターの定型発達者の)職員の方だと思った」と言われました。ま、こっちは甲羅に苔が生えている様な積極特異型で、先回も同じグループだった方と四方山話していたし~、彼に”説教”したわけだから。

これが他のASの方とのことなら、定型の方からも「普通」と言われるのですよ。

前にも書いた相談を取り上げます。

登場人物 姉(定型)、弟(50代後半、当事者??)

状況 入退院を繰り返していた実母が最後の入院、そして他界。

弟(当事者??)の行動

①最後の入院時・・それまでの入院時は毎日のように見舞いに行っていたのに、これが最後と言う入院時には一切、見舞いをしなかった。

②他界時・・連絡を受けると、嘆くこともなく、直ぐに礼服など葬式の準備を始める

姉(定型)の反応・・弟が薄情者というか、腹立たしい。

私の感想、定型・姉への対応

お姉(定型)さんの腹立たしい、薄情者に思えるという思いは、当然の感想だと思いましたので、その旨、共感を伝え、それまでの入院の時の見舞いでの弟さんの行動を伺いました。毎日のように来て、その日の出来事、行動を全て話していたそうです。思わず、笑い出してしまいましたよ。私もやりそうだと。

弟さん、暦の年齢は50代後半という年齢ですが、やっていること、心の動きは幼稚園の年長さんや小学校1、2年生。この年齢では家に帰ってくるとお母さんに学校での出来事を懸命に話します。その姿が、それまでの入院時のそれです。その大好きなお母さんが、死んでいなくなってしまう、その恐怖感から、足が動かなくなる。嫌なことは先送り、見たくない物は懸命に目をつぶる。これは、誰でも、定型、非定型を問わずある心の動き方だとおもいます。それが、最後の入院時に顕れてしまった。頭を占領してしまった。

②の行動も、ASの自分の感情を棚に上げて、その時に必要と思われる行動を取れると言う性質と嘆き、悲しみの感情に直面したくない、逃げ出したいという気持ちの現われだろうと思いました。葬儀というもの自体、遺族を悲しみなどの感情に沈みこまないように、忙しくさせて、一番辛い時期を過ごさせる心理的装置という側面があると思います。ASの感情を棚上げにして行動できる性質は、状況によっては、美点になる。

こうした心の動き方はわたしのそれで推測したものですが、それをお姉さんには伝えました。話したことで気持ちが少しはれたし、弟さんの言動に対して”笑う”という怒りとは別の情動を覚えた、私に定型の方らしく共感して味わったから、少し余裕が生まれたようでした。他の件もありましたが、余裕が生まれたこともあって、弟さんへの接し方が少し変わったようです。

この方は、「ヒゲ達磨は、普通だ」といわれますが、弟(当事者??)さんの心の動き方を直感できるという点で普通じゃない。定型のお姉さんの腹立たしい、薄情者という点に共感できるから、似通った感性はありますけど、普通ではありません。

今度は、お姉さんさんの気持ちを弟さんにどうやって伝えるか?
お姉さんは弟さんに「貴方の見舞いに来ないというのは常識に外れている」といった話をして説得したそうです。弟さんは「俺の常識は行かないということだ」と反発したそうです。お姉さんの気持ちを「常識」ということで伝えようとした。常識と言う言動の「規範に反する」と言い方をした。ASは、マイルールに執着しますから、反発するのも当然。私も「私の常識は世間の非常識、世間の常識は私の非常識」と常々、唱えています。

入院しても見舞いに来ない一人息子を、実母がどう思うか?悲しくて切ない思いをするだろうという他者(実母)視点から自分の行動の評価が弟さんはできない。これは、ASの特徴です。

もし、実母が悲しくて切ない思いをすると感じたなら、大好きな母にそういう思いをさせるのは嫌だとか、お母さんの望んでいることをやって喜ぶ顔を見て自分も気持ちよくなりたいという気持ちが湧いて、それを自覚して、先ほどの恐怖感を抑制して、見舞いにいこうという気持ちが出てきたかもしれません。
末期ガンの方の家族の行動を、毎日来るが着替えなど済ますとそそくさと帰る方、じっくりと話されていく方など様々で「その人の心の強さは様々」とある方は語ってくれましたが、お姉さんの望んだ以前の入院時のように毎日のように見舞いに来るという行動を弟さんがとる保証はありません。
しかし、「母ちゃんが、お前の顔を見たがっているようだ。」とか「死目を看取って欲しいみたいだ」と、ASが苦手な他者視点からの見え方、他者の気持ちを気付かせるような言い方をして、それを受けて弟さんに湧き上がる気持ちと、見たくない物は懸命に目をつぶろうとする恐怖感との葛藤、弟さんの内部でのせめぎ会う姿を目の当たりにしたら、少なくとも「薄情者」という評価は出てこないだろう、怒りは湧かないだろうと思います。

トラブルの原因は「発達障害者側」&「定型発達者側」にありと考えます。定型も非定型も心の動かし方、例えば、「嫌なことは先送り、見たくない物は懸命に目をつぶる」、「他人から行動を強制されれば、反発する」、「好きな人の望んでいることをやって喜ぶ顔を見て自分も気持ちよくなりたい」などの心の動きの方の大枠は変わらないと思っています。違うのは、対人距離のとり方や他者視点から自分の行動の評価といった点です。

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