定型発達者は「気遣いのやりとり」で精神的活力を得る

アスペルガー的言語感覚と「いわゆる気遣い」



今日も我が家は寒い。

多少寒さは緩んだとはいうものの
全国的にもやはりそれなりに寒いようだ、



さて、寒い中出かけて夜遅く帰ってきた家族にどういう声かけをするか?


仮にうちの息子が出かけていたとして、私が


「寒かったでしょう、いま熱いお茶入れるわね」


なーんて言う言葉をかけたら…


「ネタですか?」

とか

「やめてくれ、気色悪い」


という言葉が返ってくるだろう。


「こんな遅くまで何してたの?心配するじゃない、とにかく中はいってストーブにあたりなさい」

こういうパターンもありかもしれないが、


これでも


「なに妙な芝居やってるんだ?」


という返答が返ってくるのはほぼ間違いない。

狸穴での正解は

「遅い!片付かないじゃないか、早く飯あっためて食えよ」

とか、

「早く風呂入れ」だったりする。


そう、気遣い…それは定型発達者のそれと、ASD者のそれは大違いだったりする。
だが、その差異の詳細については、今回は触れない。

今回のテーマは定型発達者と気遣いの関係である。


定型発達者的「気遣い合い」




さて、前振りはこのくらいにして本論に入ろう。
一家の主婦が風邪を引いた場合を例にとって考えてみよう。


-晩ご飯の後を想定-


 母:「なんか頭が痛いわ…」

 娘:「お母さん、大丈夫?」

 母:「うん、ありがとう、ちょっと熱っぽいみたい」

 娘:「しんどそうよ、横になって休んできたら?お皿洗っておくから」

 母:「でも…、そう、悪いわね」

 娘:「いいって、いいって、」

 母:「ありがとう、じゃ、休ませてもらうわ」



この会話のやりとりを見て「ああ、こうだったらいいなあ」と思うあなたは定型発達者の可能性は高いだろう。

往々にして、ASD者では、笑いがこみ上げてきたり、背中がかゆくなったりしがちであるようである。ちなみに私は何故か知らぬが背中が…である。

ま、その感性の違いはともかくとしておこう。


とにかく上記の会話例は、定型発達者の会話としては「ありがち」な、そして「好ましい」パターンの会話であるらしい。

ASD者がもしこの会話をしなければいけないとなったら…とりあえず直感的に


 「う、これは…疲れる…、疲れそうだ。」


という言葉が出てくるだろう。

大体、すらすらと気の利いた言葉が出てこない。
それに背中がかゆい、笑わないで言うのも大変だ。
様子からどんな言葉をかけたらいいのか判別するのに全神経を集中させなきゃいけない…

となる。


ところがどっこい!


定型さんはこの会話で疲れることはないらしい。

これだけでASD者にとっては驚きなのであるが、さらに驚愕の事実が…

実は…

 この会話で定型さんは「精神的な活力を得られる」

のである。


さて、分析を試みたくなったのは…

「夫がアスペルガーで妻がうつになる」という話しからだ。

まあ、ネット中探せば、腐るほど転がっている話しだから、
どうやら、その現象は確かにあるようだ…。

夫の気遣いというものが感じられない…とか、
「気遣い」を受け入れてもらえない…とか
会話が一方通行である…とかいうことで、
定型発達者は気力が萎えたり、不安感が募ったり、自尊心の低下が起こる。

それはまあ、事実だろう。


定型発達者が気遣い合いを好むメカニズム




さて、それはどういうことだろうか?と、考える。

上記の構図が成立するための条件を考えてみる。


すると、


定型発達者は
「気遣われること」
「気遣いを受け入れてもらうこと」
によって、精神的活力を得ている。


ということが浮かび上がってくる。

もちろん、定型発達者とて、赤の他人、全く知らない人にそれを期待することはしない。
ある程度親しいということが前提となってくる。


親密さが大になればその効力もまた大になる。
とともに、親密さが大になればまた期待も大きくなる


さて、どういったメカニズムだろうか?
例に出した母娘の会話をもう一度ひもといてみよう。


 母:「なんか頭が痛いわ…」
   聞いてもらえる人がいるという事実の確認から共感欲求の満足
   聞いてあげているという事実からの確認から娘の自己効力感UP

 娘:「お母さん、大丈夫?」
   気遣うという望ましい行動をとることによる娘の自尊心のUP
   気遣われていることから母の自尊心UP

 母:「うん、ありがとう、ちょっと熱っぽいみたい」
   感謝するという望ましい行動をとることによる母の自尊心UP
   感謝されることにより娘の自己効力感UP

 娘:「しんどそうよ、横になって休んできたら?お皿洗っておくから」
   気遣うという望ましい応答をすることによる娘の自尊心のUP
   気遣われていることにより、母の共感欲求の満足と自尊心のUP

 母:「でも…、そう、悪いわね」
   遠慮がちにするという望ましい言動をとることによる母の自尊心UP
   気遣われたということにより娘の自尊心UP

 娘:「いいって、いいって、」
   相手を許容するという望ましい行動をとることにより娘の自尊心UP
   病態が許容されたということによる母の安心感UP

 母:「ありがとう、じゃ、休ませてもらうわ」
   感謝するという望ましい行動をとることにより母の自尊心UP
   感謝されることによって娘の自己効力感UP


ということになるのではないかと考えられる。


まとめると、

会話の中で。

 自分が望ましい言動をとることにより、自尊心がアップする。
 気遣われたという事実により、気遣われる側の自尊心がアップする
 感謝されることにより、気遣う側の自己効力感がアップする。
 聞いてもらえる(コミュニケーションがとれる)ことによる共感欲求の満足が起こる。

 さらに、自尊心が満たされるので不安感が減少する

ということなのだと考える。

「定型発達者は気遣いのやりとりの中で精神的活力を得ている」

とは、このようなことである。

もちろん、「望ましい気遣い」が定型者の流儀に沿ったものでなければその効果がないことは言うまでもない。

そして、それがなければ、自尊心の低下や不安の増大が起こるということから、定型発達者はコミュニケーションの中で自己の存在意義を確認し、自尊心や自己効力感の維持をはかっている面が大きいのではないかということになる。


定型発達者とアスペルガー者の気疲れの違い




定型発達者が、ASD者なら「疲れそう」と思う会話ができてしまう背景には

「気遣いの為の注意」
「気遣いの為の情報収集」

に関わるエネルギーが、ASD者が同じことをやる場合のそれよりはるかに小さいことが想定できる。

つまり定型者では

「気遣いに必要なエネルギー」<<「気遣いをすることによって得られるエネルギー」


なのであろう。

(ASD者ではこの不等号の向きが逆になるだろう)

親しい定型者同士では「気遣いのやりとり」が比較的容易なことであるから、何もASDの特質に対する知識がなければ、「簡単なこと」としてASD者に要求するが、「簡単なこと」という前提であるが為に、それが得られない場合の落胆もまた大きいといったおまけ付きになる。


「家の中くらいホッとしたい」というのは、定型発達者でも、ASD者でも思うことのようだが、定型者がこういった性質を持つこと前提に考えれば、その意図するものが大違いなのはいうまでもない。

定型者が

「気遣いというコミュニケーションを通してホッとしたい」

のに対し、ASD者では

「余計な気を遣わなくて済むことによりホッとしたい」

のであるからだ。


とまあ、ここに至って定型者とASD者の間に生じる溝が一つ明らかになった?わけだが、
どうしたら、こと家庭内で定型発達者とASD者がお互いに精神的に疲労しないで共存することができるのかといった課題への決定打は私にはまだ見つかっていない。

だが、とりあえずは、互いの性質を知ることができれば、決して道がないわけではないのではないだろうか。


こんななところで本稿終わり。



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コメント

えーっ!?
そうか、気遣いをして癒されたいのか。面倒臭いなぁ。
気遣いは悪いことではないし、コミュニケーションの潤滑油だとは理解しているが、それをするための労力がねぇ…
いや、一応子供には今後のため教えていますが。

私の場合。
「頭が痛い」
「え?どうしたの?布団踏んづけて寝たからでしょ?」
です。
どうやら、布団の前に「大丈夫?」を挟み込むと、一般的には良いらしいです。
そもそも、風邪ひいた原因を追究する必要は無いみたいで、労りの言葉をかければいいんですよね。
当事者研究勉強になります。NHKだったと思うのですが、気になって見に来ました。また来させていただきます。よろしくです。
なぜきかない?
『「大丈夫?」とかってなぜ聞かない!?』とパートナーに厳しく責められたことがあります(^^ゞ
ちょっとズレるかもしれませんが...

つがい"○○どこにあるん?"
私"知らん"
つがいイラッと来る

そうです。

たった一言で済む事をおそらく"ごめん、ちょっと思い当たれへんわ。また今度買っとく。"と言わないと相手の気を害するようです。

ここまで来たら外国語やと思います。
私も考えていた
こないだから狸穴猫さんがコレについていろいろと考えてはったり、トゥギャッてはって、コメントリンクの定型さん(であろう)人のツイなども受けて、私もコレについてつらつら考えていたんですよ。
狸穴猫さんの方の考えと少しのズレがある所をつきつめていたのですが、なんとなくズレが(ていうか、平行線でズレている、方向性は同じ)見えてきたので、またブログにかいてみようと思います(^ω^)
私たぶん誤解してました
「自分が大切だと思う人に対して、人は積極的に気遣いをする」
「気遣いをしないということは、その人を大切だと思っていない」
(ここで言う気遣いは、あくまで私の思うところの気遣いです)

これは、つい1ヶ月前までは、私にとって
「人類の普遍的な真実」でした。

今は、狸穴猫さんのブログを読んだので
「そのように感じない(というか、気遣いの示し方が全く異なる)人もいる」
ことがわかります。


こういった、
「自分の感覚が人類の普遍的な感覚ではない」
「どの感覚が正しくて、どの感覚が誤り、ということではない」
ということ、
小学生の時から学校で教えて欲しいです。
あと、できれば
「感覚の違う人同士でうまく付き合う方法」も。
はじめましてです。
定型発達者研究は参考になることが多く、ふむふむなるほど!と読ませて頂いています。

私は「大丈夫?」と言って、相手に「ありがとう」と返されると、「いやいや、お礼じゃなくて状態を教えてよ」と思っていました。

定型の人にとっては体調が悪いときでさえ(だから?)、他者との関係性が大きな影響力を持つのでしょうね。
毎度スレちがいでスミマセン。
ウチでアスペルガーは私だけですが、ウチの母親はもう喜寿に手が届く歳のおばあちゃんなのに具合が悪くてもおとなしく寝ててくれません。
たまに私が実家にいるときも、具合悪いんだからおとなしく寝てろよといっても、おとなしく寝ててくれたためしが無いし、こっちも高齢者がもっと具合が悪くなって長期入院なんてことになったら気が気でないので、しまいには「ババアおとなしく寝てろよ!」怒鳴りつけてしまい親子で嵐の大ゲンカになってしまいます。
具合が悪いときもじっとしてられないウチの母親もADHDかなんかじゃないかと思います。
いくらアスペルガーが気遣いしても、相手がその気遣いを無視したらどうしようもありません。

水道関係の技術者だった父親は北海道の国立大を出ててIQが138もあるのに、目の前のおかずを見落とすし、車で迎えにいってもこっちに気づかず目の前を通り過ぎてしまうし、IQが138もあるのに、人の話を聞けという割には自分は全然人の話を聞かないし、人に気遣いしろという割には自分は全然気遣いができないし、こっちの気遣いもわからないし、最後はいつも幼稚園とか小学生の三十年以上前のことまで遡って親子で嵐の大ゲンカになってしまいます。
従兄弟や姉夫婦を含めても親族でアスペルガーは私だけですが、間抜けな両親を見てるとウチの家族はどっかおかしいんじゃないかと思います。
気遣いのやりとりについての分析が細かくてよく見ていらっしゃいますねえ。言われてみると定型発達者は面倒くさいことをしてたんですね。僕はちなみに定型発達者の中では気遣いは下手な方です。
気遣いそのもの
お久しぶりです。
NHKの出演、楽しく見させてもらいました。
定型発達者研究、また、興味深いです。

「やめてくれ、気色悪い」という遣り取りは、
不純物を排除した方がより鮮明になるような
信頼関係が有っての会話で、いいですね。
狸穴猫さんの家族の会話を読むと、
気遣いしていることの提示ではなくて、
気遣いそのものをしている様子が浮かんで、
いいなぁと思います。

放送前に見せたかった
実に分かりやすいですね。
しかも定型側とASD側の両面から描いてあるから誰もが理解しやすい。

これをNHKの放送前のスタッフさん達に見せたかったなぁ。
さらに理解が深まって、より深い番組になっていた…ような気がします。

いえ、番組自体は興味深く拝見しましたけれども。
その通り!
私が普段感じていることそのままだ!余計な気遣いされたら疲れるよ。
だけど私以外の家族は気遣いが活力になっているみたい。なぜかわかりません。
連投失礼します
気遣いといえば、ウチの父親は家族なんかに気遣いする必要なんかないだろうの人なので、私と下の姉とはそれでよくケンカになってました。
私は私で家族にばかり気遣いを押し付けて自分は全然気遣いしようとせず、ウチではいつも投げ捨てられた座布団みたいにふんぞり返ってる父親と何もいわない母親を見てると嫌悪感を感じていたし、ウチにまっとうな気遣いがあったとは到底思えません。
少なくともウチの家族の気遣いスキルは夜中に騒いでもいたずらをしても可愛いウチの猫にも劣るのではないかと思います。
管理人のみ閲覧できます
このコメントは管理人のみ閲覧できます
Re: えーっ!?
要する労力の差はかなり大きいのではないかなと思います。

でも…、でも…、でも…、
原因に言及したくなっちゃうんですよね。
大いにわかります。
toshiさんへ
toshiさん、はじめまして。
これからもごひいきに!
Re: なぜきかない?
雅無乱さn、こんにちは

> 『「大丈夫?」とかってなぜ聞かない!?』とパートナーに厳しく責められたことがあります(^^ゞ

あは…、あはは…、やはり現実にありましたか。
こういうメカニズムだとしたら納得できる…かも。

とはいえ、瞬間反応はきびしいですよね。
わーさんへ
外国語…ですよねえ。
問題は、定型、非定型両者が「外国語」という認識に立っていない
ということなんでしょうね。
Re: 私も考えていた
ウマナリさん、こんにちは。

人間、同時期に似たようなこと考えるってなんだかありますねえ。
進化のステップなのかしらん…などと思っちゃったりして。

記事、楽しみにしてます。
コママーシとウクレレの後になるのかな?
Re: 私たぶん誤解してました
「言語感覚からくる気遣いの違い」
…ほんとに、学校で教えてくれたらだいぶ違うのかもですね。

どうしたら共存できるか…、こと定型者がコミュニケーション
依存になりやすいのはかなり本能的な部分があるでしょうから、
その辺をどう意識化するかにかかっているのではないでしょうか。

意識化すれば代替手段を講じることもできるかも。

ともあれ、家族へのサポートも必要だなあと感じます。



繭さんへ
はじめまして、ご愛読ありがとうございます。

関心の持ちどころも違いますよねえ。
私も状態の方に目がいきます。

ギルスさんへ
冬場ですからねえ、こと高齢者の風邪は気をつけないと。
ご家族もそれなりにクセがおありのようで…。
やはり素因はあるということかもしれませんね。
気遣いってのは難しいものです。
キング?カズさんへ
定型発達者でも、やはり女性の方が気遣いが細やかな方がおおいように思います。
で…その方がASD者に対してキレやすいとも思います。

こんど途中でどちらかがキレるパターンの会話例についても検討してみますね。

Re: 気遣いそのもの
トラネコさん、お久しぶりです。
番組も御覧いただいたんですね、ありがとうございます。

うちの会話、味も素っ気もないといえばないですが、
楽なんですよね。

外に行ったときにおうち感覚がでないようにする必要はありますが…(爆)

Re: 放送前に見せたかった
のほほんさん、こんにちは。
お褒めいただき恐縮です。

で…NHKスタッフの皆さんは…今もしっかりここをチェックしている模様です。
今月のアクセス解析を見ると「nhk.orjpドメイン」からのアクセス数が結構な数に…
(それも数名いらしているようで…)

下手なことかけない…かも?
Re: その通り!
なっちゃんさん、こんにちは。

> 私が普段感じていることそのままだ!余計な気遣いされたら疲れるよ。

返すのに脳みそつかうので疲れるんですよね。
もう対策は、病気で寝込まない健康作りしかないかも…




勉強になります
半年ほど前から愛読しています。
45歳にしてアスペルガーと確定診断+ADHDは家族全員(妹と私だけ確定診断)。
この歳になって狸穴猫さんのブログを読むまでは、世間の人がこんなふうに考え、行動しているとは知りませんでした。
母が衝動性が強い(思ったことをすぐに口に出す)ADHDであるうちの場合はこんな感じ。

私:のどが痛い
母(ADHD):薬のめ。
私:腹が痛い。
母:うちのトイレは使うな。菌がうつる。
私:わたし自閉症の一種なんだって。
母:生まなきゃ良かった。

うちじゃあこれが標準ですからね。
これじゃあ気遣いなど学ぶ余地がなかったなぁと思ったり。
他人様には、「それは大変ですね、お大事に」とか「病院に行ったほうがいいと思います」などと言うようにしています。
定型さんには気遣いのやり取りなるものが簡単にできて、なおかつそれで精神的活力を得ているということに驚愕します。
もはや他の惑星の人ですね。
初コメントです。
理解したくて読んでます。 私は定型ですが、血液型による著書の流行にもある様に、B型でマイペース、オタク、気が多く、自己中です。経験上、PTAも嫌だ!大嫌い!ママ友、保育士との会話も気を使い、出来るだけ最低限の会話で済ませたい、とも思っている。なぜなら余計な事、良かれと思った事も時として一律でない感情を持った相手に各々の季節やグループ、事情までも把握しなくては何処に地雷が落ちているか判らないからだ。「昨日はお天気だからお父さんとお出かけ?」「そうなの!買い物がてらお散歩連れて行ってくれたのよ」が理想だが。実際は「人の旦那チェックしてるよ、余計なお世話だ」とも「具合が悪いから買い物、旦那に頼んで何が悪い」とも思っているかもしれない。会話は挨拶だから定型では、しないと失礼にあたり、気の効いた爽やかな一言は必須なのだ、仮にシャイであってもハニカミながらペコリと頭を下げ、決してブスッと無表情でいる訳にはいかない。それが常識になっている。全てこの様な行いは嫌われて阻害され無い為の鎧だったりもする。私は人付き合いが苦手で集まって誰かの悪口を言うのが嫌いなので極力声を掛けないで、阻害もしないで下さい。でも私に有益な事だけは教えて下さいとは。なかなか言えないのである。世の中ギブアンドテイクである。アメをあげるから貰えるのである。ニコニコするからニコニコして貰えるのであり。皆、例え死ぬほど嫌でも我慢して我の為に種を巻いているのである。アスペルガーと定型の境がどこなのかもわかりませんが。檻の中の定型の観察だとすれば、定型でも血の出る努力をして生きている。アスペルガーと名札が付けば甘んじる口実が有る訳だが、定型では要求のレベルが高いからストレスも多い、決してアスペルガーより楽な訳では無いともわかって頂きたい。その上で私は線引きではなく、まずは個性を知って貰う為に良く話し、付き合うしかないと立ち向かって生きている。
Re: 勉強になります
グラさん、はじめまして、ご愛読ありがとうございます。

ほんと、他の惑星の人かと思うときがあります。
で、つい「この星の住人は…」と言いたくなったりw

Re: 初コメントです。
まあ、定型者は定型者なりに苦労しているんでしょうね。
難しい時代ですから。

コメント拝読してふと思ったのは、
「ニコニコしてもらう」…の重みが定型者とアスペルガー者で異なるのでは?
ということでした。



ギブアンドテイク
ニコニコの訳
定型ではニコニコされる、もしくは、する、の意味合いは、される場合は、された本人が世間的に認められ、平和で穏やかな印象が相手にも回りにも見られるからであり、
する場合の、する本人は平和で穏やかな自己をアピールするのが目的で、相手に私は有害な者ではないとアピールする事が目的である
さらに例え嫌な事であっても、ニコニコする場合がある、この場合の多くは、例え自己に多少の不利益があってもその後のニコニコによるメリットを天秤にかける場合に使う場合がある。
所謂、敗けるが勝ちなのである。
こうして嫌な相手でも付き合いが生じる場合穏便に済ませる(面倒が起きない)のである。
その故、自己矛盾と愚痴が生じる為、定型では胃の痛い思いをしながら、上手くやり過ごす為のアイティムを増やそうと当たり障りの無い話と浅~い友情に付きまとわれる。
キブアンドテイクには感情の無いやりとり、機械的である。
アスペルガーと何処が違うのか未だにわからない。
世の中には色んな人がいます。しかし現代では型にはまる事を定型とくくり、それ以外の人が名札の元に、こうなんだから仕方が無いと種類分けはして欲しくない。そして、私はこうなんだから解って欲しいとサポートを期待するよりは、本人が努力する事で解決する事の方がよっぽど多いかと。
いずれにせよ、今の世の中、大変な御時世だ、イカレタモンスターやら、イカレタ教師やら、ただ生き、子供を育て上げるだけでも、大変だ。
申し遅れました
コメント下さってありがとうございました。いつも拝見させて戴いておりました。
感じ方に似た部分があり、励まされたり、考え直してみたり、実に世間は広く、知らない事実もあるんだなぁと思いました。生き辛さを感じない、あっけらかんと、素直に良く研究されているなと感心しております。
私が辛く感じるのは、定型では世間体が一番で自由な発想は二の次、三の次とギュウギュウした中で、よかれと、お世話すれば、お節介だと、大人しくしていれば意見が無い、イエスマンだと。丁度良く、感じの良い対応は非常に難しく、属していなければ、友達が居ない、属していれば安心だが合わせなければ成らない。では、まったく人の評価を気にしないかと言えば、世間的には人の評価が重要である。評価=自信だとすると、人間は評価の為にいきていれると言っても過言でない。努力の量=自信でもある。
頑張ろう。評価は後から着いてくるはずだから。
質問でごめんなさい
私はアスペ的な男性と一緒に仕事をしている定型者です。彼との会話でグサグサと傷つくことがあって最近では目を見て話せなくなってきていて悩んでいます。
彼とのやりとりで気づいたことが2つあります。1つ目は私の雑談を聞いて「わかるわかる」とは言ってくれないこと。そういうことが自分にもあった~って感じのあいづちを打ってくれると会話も弾むのですが、内容を確認するようなあいづちだけだと話すのが苦痛になってきて・・・
2つ目は自分の失敗を笑いのネタとして話したりはしてくれないことです。自己開示というか、そういった失敗談を話すことでお互いが親近感を感じるのではないかと思うのですが、彼が失敗を話してくれないことで、もはや彼の前で失敗してはいけないと私の方が思うようになりとても緊張してしまいます。
私の方が上司の立場にあるので、彼はコミュニケーションをとろうと頑張っているようにも見えますので、私もなんとか理解して良い関係を築きたいと思っているのですが・・・。この良い関係を築きたいということ自体、アスペ的な感覚とかけ離れているとか?
職場での危機的状況を乗り越えたいです。
管理人のみ閲覧できます
このコメントは管理人のみ閲覧できます
No title
>さて、寒い中出かけて夜遅く帰ってきた家族にどういう声かけをするか?

>「寒かったでしょう、いま熱いお茶入れるわね」
でなく
「寒かったやろ、風呂沸かしといたけど入るか~?」
という気遣いならどうでしょうか
その後の対応も
ケース1:「すまん、今は風呂に入るのも億劫だわ」「ん、わかった」
ケース2:「あんがと、早速入るわ」「お疲れさん」
とかいう会話ならありえますか?(出かけ=仕事 と解釈した場合)
すごく参考になりました。近い者ほど言うべきなんじゃ?って思うんですがその辺りも逆なのかもしれませんね。

頭痛い!
仕事忙しい!
疲れた!
って言っても大丈夫?って聞かれた事がないのはこのようなメカニズムなんだなと。
Re: タイトルなし
この辺はほんと微妙ですよね、私も試行錯誤してます。
定型だって、具合悪けりゃ、休む、病院行く、クスリ飲む、位の選択肢はすぐ頭に浮かびます。
言わなくてもすでにやっている可能性はあります。
その可能性も、いわれなくても定型はわかっています。
それでも具合悪い定型が活動していた場合、自分のためでなく、周りのために活動しているんですよ。
で、そのことも、言われなくても定型はわかっています(無意識的な場合もありますが)。
だから、定型は、大丈夫?と聞くんです。
無理して大丈夫?という意味です。

もし当事者に、病院行けば?などと言われたら嫌ですね。

言われなくてもわかってるんですから、それを言われるということは、そんなこともわからないバカと言われるのと同じ意味です。
(明らかに急に具合が悪くなった場合に、先に大丈夫?と聞くなら、病院だ、薬だ、もわかりますが)

まあ、ブログ主さんが定型を理解しないのは勝手ですが、笑うのは止した方がいいです。

定型の気遣いは、親しくない人向けと、親しい人向けがあります。
家に帰ったら、親しくない人向けの気遣いをしなくてよくなります。
ですが、親しき仲にも礼儀あり、で親しい人への気遣いは持つべきと思われてるんですよ。
それは、相手を大切にしているということなので、自分さえ良ければどうでもいい、とは考えないんですよね。
No title
うーん。定型の人が怒るポイントがやはり毎回難しいですね。何というか同じような感覚がなくて、正論(定型の人の)を言われても、自分の脳にない事すぎて、違う国の言葉にすら思えてしまいます。この前の記事にかいてある、何でお前はできないんだ(的な うる覚えでごめんなさい)事を私もよく言われていました。何故なら〜〜だからです。と、常に説明していました。その度にキレられていたんです。意味がわからなくて、言葉の並びを変えたり、色々しました。
すごく難しいですね。 ただ謝ってほしかったんですね…。謝罪してくれと言って欲しい。そう思ってしまいます(^^;; 

私は ADHDですがアスペルガーさんの気持ちがすごくよくわかる部分もあって、興味深かったです。このようなことを小学生時代などに知りたかったなぁ。

この記事の中で、気遣いについて書いてあり、とても勉強になりました。私自身も定型さんの気遣い方程式?のようなものが疲れてしまいます。どう対応すればいいのかが、今は多少は分かるので努力していますが、結局努力なんです。いつも元気に笑っていますが、それも努力です。
その努力は定型さんもしているとは思いますが、私の場合は一気に疲れてしまい、仕事も何も手につかないような状態になる時があり、今は仕事に集中したいので、自分で孤立するようにコントロールしています。

人に会うと気が散ってしまい、集中できなくなったりするので、なかなか難しいです。
せっかく遊ぼうと誘ってくれたりするのに、申し訳ない気持ちですが、自分が生活していくことを1番に考えて、選択していけたらと思います。


これからも記事の更新楽しみにしています。

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