視線認知と自閉症の特性(2)-共同注視ができないことの意味するもの-

前回の記事はこちら↓

視線認知と自閉症(ASD)の特性(1)-社会的学習が苦手なわけ-



定型発達児は視線を通して何を学ぶか?


自閉症児者と視線の問題を語る前に定型者の視線を介した学習について概観しておく。


定型発達者では多くの乳児が母親の顔に視線を向ける。


見つめる、見つめられるといったことから「安心」を得たり、「見つめる人」の存在を認めたりするわけだが、視線というのは見つめ合うだけではない。


他者の視線が向けられた方向を感知し素早くその先にある物を見ることは「共同注視」というが、
それによって、子どもはさまざまな情報を得ている。


どうやって?というと下記のようなものである。


母親が台所でゴキブリを発見してゴキブリをマジマジとみつめ、恐れおののいたような顔をすれば、それを見ていた子どもは「これはあまり近づかないほうがいいしろものだ」と学習する。母親が「ギャー」とでも声を上げれば「とても嫌なものだ」と学習する、もしこれが蝶々だったら逆パターンの学習が起こることが多いだろう。


こういった方法でさまざまなものを無意識に学習していく。


この方式の学習の前提となるのが、前稿で説明したような対人特異的な情報入力及び処理システムである。


また、他者の注視する方向やその時の表情を感知し、素早くその先にある物を見ることは「意図や感情をもった存在としての他者」を認めることにもつながり自他の区分の萌芽ともなるし、「他者の注意を自分の関心あるものに向ける」といった行為や、他者と関心や感情を「共有」するという経験へと発展する。さらに幼児期での言語の学習もこういったメカニズムを通して行われる部分が少なくない。



共同注視の困難がもたらすもの



自閉症児に話を戻そう。




たとえば、自閉症児では視線方向をはじめ、指さしなどの社会的な注意への理解・応答(あるいは「共同注意」への理解)は獲得されても、それら共同注意の産出には障害を持つ、という知見などから共同注意の「理解」と産出は異なる認知的、神経的基盤に基づいている可能性も示唆される。


遠藤利彦 2005 読む目・読まれる目―視線理解の進化と発達の心理学 より引用




自閉症児では視線や表情を感知する力が弱いその結果共同注視にも困難を抱える。


これはいったいどういうことを意味するのか?


ちょと本項の冒頭に戻って考えていただけば、



・前述した「ゴキブリ方式の学習:視線を介した学習」ができない。
・自他の区分が遅れやすい。
・言語理解が遅れる。
・物事の共有体験が少なくなりやすい。
・他者の感情・意図が理解しにくい。
・人と物とを区分せず同列に認知しやすい。

といったことが起こることは容易に想像がつくだろう。


また、よく言われる「見えないものは無い」という自閉症児者の認知様式も「視線の検知能力が弱い」→「視線の先にあるもの」に注意が向かないといったことから起こってくるのかもしれない。


さて、ここで前稿で挙げた図をもう一度持ち出す。




box02.png


box03.png


対人特異的入力・処理システム(赤系の色の部分)をAシステムとし汎用入力・処理システム(青系の色の部分)をBシステムとしておこう。


定型児がAシステムを介して学習をするもの自閉児はどうやって理解するか?
これについても「読む目・読まれる目/遠藤利彦」にこういった記述がある。


また、自閉症児でも、就学以後、言語も含めた知的能力がある程度伴ってくると、かなりのところ、自発的な視線追従を特にターゲットがない状況でもなしうるようになるが、その時期は一般の子どもあるいは発達障害児がそうした知的水準に到達するはるか以前からそれが可能であることを考えるときわめて遅く、彼らの共同注意がSAMなどの特化した認知的基盤によって支えられているというよりは、一般的な繰り返し等による学習効果なのではないかとも指摘されている(Leekam et al. 1998)、本書第7章において別府も。トラヴィスとシグマン(Travis & Sigman 2001)を引きながら、たとえ自閉症児が外形的には一見、健常児とほぼ同様に共同注意にからむ諸行動を成立させているように見えても、実のところ、それは”汎用型学習ツール”(general purpose learning tools)なるものによってかろうじて支えられているのではないかと論じている。


遠藤利彦 2005 読む目・読まれる目―視線理解の進化と発達の心理学 p.49-50より引用


どうやら自閉児はBのシステムを介して学習するらしい。


Bシステムは低速だが意識的に動作する部分であり、どちらかと言えば理屈っぽい学習方法でもある。
このあたりから自閉症児の学習を捉えなおしてみたい。


自閉症児の学習様式を情報入力・処理システムから考えてみる


さて、Aシステムを介した学習とBシステムを介した学習の特徴を整理しておく。


study01.jpg

幼児期、定型児はAシステムという自動かつ高速なシステムを使って人や言語をはじめさまざまなコミュニケーションの基礎について学習していくのだが、自閉児はこれらをBシステムを使って学習することになるわけで、この結果として圧倒的に学習量が不足することが考えられる。これが未学習の問題を引き起こしているではないだろうか。


自動で学習するがために定型者が学習したことすらほとんど意識していないさまざまな学習課題について、抜け落ちが生じるのはある面当然だろう。


そしてまた、自閉症児者ではAシステムの不具合により、他者の意図・感情についての誤入力が発生しやすく、それが修正されないまま学習が積み重なることが誤認知、誤信念が発生しやすさにつながるのではないだろうか(誤認知、誤信念に関しては体感の不具合の影響の可能性も考えられるがそれについてはここでは触れない)。


就学以降の学校での課題のようなものはAシステムを介さなくても学習がしやすい、そして論理性を必要とする学習や分析についてはBシステムの利用がほぼ必須なのでAシステムの不具合が問題として浮上してこないのだと考えられるだろう。
そして就職後など、複雑な対人交渉場面の増加によってコミュニケーションに関する学習が不足したままの場合に問題が浮上してくるのではないだろうか。


また、人間はある機能が障害された場合に残存する機能を向上させて補完するといった性質がある。視覚障害者は健常者には思いもよらないほど気配を察知する能力に長けていたり、指先の感覚が鋭かったりするのはよく知られた話である。


そこから類推するに、自閉症児者はAシステムに不具合があるため、その補完としてBシステムの機能を必要に迫られて向上させている可能性は否定できないだろう。



なぜ自閉症児者のコミュニケーション力の幅が生じるか?


自閉症者でコミュニケーションについての学習が不足しやすいことは上記で述べたとおりである。
これはすなわち、コミュニケーションについての学習をどう促していくか?また対人認知のしにくさに関しては阻害要因の排除、代替手段の獲得をどう促すかといった教育が大きく関わるといったことでもあるだろう。


定型者の場合はこのあたり圧倒的に有利ではあるが、「視線理解」が阻害されるような状況におかれることで学習不足は生じるし、学習機会:すなわち対人接触の頻度の多寡、接触対象の多様性などといったものによってコミュニケーション能力に大きな差が生じうることは十分に考えられる。


上のような要因が、自閉症児者のコミュニケーション力の差異を生じさせるのだろう。


こう考えていくと「コミュニケーション能力」の問題が表面化しない自閉症者がいるのはなんら不思議ではないことだろうし、学習の問題が大きいからには、仮に生育期に学習しそこねたものがあった場合でも、改善できる余地は実はかなり大きいのではないだろうかと考える。



<続く>

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長くてすいません、まだ続きます。


次回は戦略的自閉症児の子育て、自閉症者の自分育てといった方面に入っていく予定です。





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改善(定型エミュ構築)する余地をふやしたいなら、学童期くらいまでは定型サイドからのあらゆる形の暴力や強要から守る必要があると経験則から思う。

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