発達障害児の誤学習について授業中の立ち歩き問題から考える

まずはスカイさんという方のブログ記事を紹介させていただく。

立ち歩いてはいけない場所」で立ち歩くなら、そこにはいさせない。入学最初のルールづけ。

発達障害のあるお子さんの小学校入学当初の話である。

授業中立ち歩いてしまうお子さんを親御さんがどうサポートし、落ち着いて授業を受けられるようになっていったかということが綴られているのだが、非常に重要な視点が多数隠れている気がする。

発達障害児の立ち歩きという問題

授業中の立ち歩き、これはしばしば発達障害児の親御さんや、発達障害児のいるクラスを受け持つ教師を悩ませる。

これはかなり微妙な問題だ。立ち歩いくくらいいいだろうという人もいる。多数派の流儀にあわせなきゃいけないことのほうがおかしいという意見もある。

しかし放置すれば周囲の子たちの集中を邪魔することになってしまう面もあるだろう。また立ち歩きが教室外へ及んでしまうえば安全の問題も出てくる。ある子どもの立ち歩きを許容することで他の子への目配りが手薄になったり、クラス全体の統率にも影響が出るかもしれない。

当該児にしても授業への参加がうまくいかなければ当然学力の問題も出てくるだろう。

下手をすると他の保護者からの苦情が出るかもしれない。

だが、一番の問題は「ルールを守る」ということを学べるか否かにつながる問題だいうことだ。

立ち歩きの容認と誤学習

この記事の親御さんがここまで気合いをいれたのか?「誤学習させないため」であったようだ。ちょっとその辺を考えてみよう。

注意が維持できないとか、目に入ったモノに注意が向いてしまうとか、ルールがなかなか理解できないなど、立ち歩く原因は様々だが、もし立ち歩きを容認してしまったらどうなるだろう?

当然、「授業中立ち歩かないというルールは守らなくてもいい」という理解をするだろう。

定型児と異なり、発達障害児は状況からルールの理解をしたりするのは苦手であるので、慣れてきたら落ち着くといった現象は起こりにくい。

親や教師がしびれをきらし、しばらくたった後で「いつまでも立ち歩いてるの?」などといいだそうものなら当然子どもは裏切られたように感じるだろう。必然的に信頼関係もへったくれもなくなるので、どう行動したら良いのか学び損ねる可能性も高くなる。

社会生活を送っていくためには様々なルールを守る必要がある。

発達障害があるからといって守らなくてはいけないルールで大目に見ることを続ければ「ルールを守る」ということが学習できなくなってしまうだろうし、「ルールにかかわらずしたいように行動してもいい」というかなり致命的な誤学習をしてしまう可能性すらある。そしてルールを守らないことを批判されたときに逆恨みする原因にもなりかねない。

ルールというのはある種約束ごとだ。授業中の立ち歩きを放置された子どもは大人になって人との約束やルールを守れるだろうか?

立ち歩きを放置することは約束やルールを守れなくなるリスクをはらんでいると私は思う。

本当に特性だからできないのか?という問題

上記の記事で出てくる親御さんは学校に毎日出向いて根気よくお子さんのわかるかたちで説明を続け、お子さんは二ヶ月ほどで落ち着いて授業を受けられる状態になったようだ。

読んでいただければわかるが一筋縄でいった訳ではない。方法にしてみても、説明するだけでなく、ルールを守れない場合「場にいさせない」というかなり強硬かつ気合いのいる取り組みである。

そして学校側からは「そこまでしなくても」とか「徐々になれていけば…」といったような声がかかる中での取り組みである。

特性だからしょうがないと諦めていたら落ち着いて授業を受けられるようにはならなかっただろう。子どもが本当に学べる範囲を見極め、方法に工夫を重ねることによってなしえたことだ。

(実はこの、ルールを守れない場合、場にいさせないというのは私も娘の幼児期に何度か使った方法で、手がかかるもののかなり有効性は高いと思う。)

立ち歩きだけではなく、他の様々なことにおいても「障害特性だからできない」と言わなくてもいいのではと思うことは多い。親が諦めすぎれば子の自尊心にも関わるだろう。

浮かび上がる問題いろいろ

冒頭の記事のお子さんは、親御さんの努力から多くのものを得たように思う。

授業に参加できるということで学ぶ機会を得たこともそうだし、様々なルールを学ぶということの素地も作っただろう。そして何より「できる」ということを全身全霊をかけて信じてくれる人の存在はかけがえのないものだ、これは後々様々なことに取り組む力になるだろう。

それは非常に喜ばしいことだが、この記事からは他に様々な問題が浮かび上がってくる。

果たして、親がどこまで自力で対処すべきかといった問題は残る。

この記事のお母さんは教室に毎日出向くということができたが(コメントにあるがお仕事は辞められたようだ)、親がシングルの場合など、生きていくためにその余裕がない場合は物理的に無理である。

かといって発達障害の専門家でもない学校教員に対処法の見極めからなにからすべてを求めるのは難しいだろう。ここで医者や心理士などの支援が必要になるが、支援者が必ずしもこういったリスクについて認知しているとは限らないのが現実だ。

立ち歩きに似ているが、感覚過敏などの問題がある場合の逃避から席を立つといったものは、根気よく説明したからといってどうなるものでもないので、しっかり鑑別する必要はあるし、過敏対策は別にしっかり立てる必要があるだろう。

難題は立ちはだかる。

だが、ルールを守ること教えることは社会の中で生きていくために必要不可欠なことだ。これを諦めることは子の将来の可能性を狭め、消化試合にしてしまうことだと思う。

特性を理解するのは諦めるためではなく、先に進むためだと私は考える。

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いただいたコメントはありがたく読ませていただいています。

 

 

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