相模原の殺傷事件に関する報道、言論に触れて考えたこと

7月26日に起こった相模原の障害者施設での殺傷事件、あまりにもいたたまれない事件としかいいようがない。

亡くなった方のご冥福を祈るとともに、殺害は免れたもの身体や心に傷をを受けられた方々の一日も早い回復を祈りたい。

この犯罪はあってはならないものだし決して許されざるものだと私は思う。
が、この事件は本当に多くのことを浮き彫りにしたとも思う。


ここ一週間というもの、この事件に関してマスメディアはさまざまな報道がなされたし、ネット上でもさまざまな声が飛び交っていた。
多くの人がそれぞれの立場でこの事件の分析をしていたようにも思う。

情報も錯綜している。なにか腑に落ちない点がありつつも、書くまでには中々至らなかった。

 

相模原の殺傷事件に関する幾多の言論


まず、この事件に関するさまざまな意見、声明、情報のうち目についたもの幾つかを紹介しておこう。


東大の福島智教授の意見
http://mainichi.jp/articles/20160728/k00/00e/040/221000c

立石美津子氏のコラム
http://itmama.jp/2016/07/27/128333/

読売新聞原記者のコラム
https://yomidr.yomiuri.co.jp/article/20160728-OYTET50044/2/

毎日新聞オンラインの識者の意見まとめ
http://mainichi.jp/articles/20160727/ddm/010/040/038000c

尾木直樹氏の意見(ライブドアニュースより)
http://news.livedoor.com/article/detail/11826846/

松本俊彦氏の意見(容疑者の大麻使用の解釈に関して)
https://www.facebook.com/matsumoto.toshihiko/posts/1068801746533150

東京の知的障害支援のNPO代表山田由美子氏のブログ記事
http://teamaoi2003.com/post/3121

北海道で支援サービスをやっている大久保悠氏のブログ記事
http://terakkojyuku.blogspot.jp/2016/07/blog-post_27.html
http://terakkojyuku.blogspot.jp/2016/07/blog-post_29.html

事件報道に関するまとめライブドアニュースより
http://news.livedoor.com/article/detail/11820048/

松沢直樹氏の連続ツイートまとめ
http://togetter.com/li/1005305

手をつなぐ育成会の声明
http://zen-iku.jp/wp-content/uploads/2016/07/160726stmt.pdf
http://zen-iku.jp/info/member/3223.html

この事件が浮き彫りにしたもの


いろんなことが絡み合う事件だ。

容疑者のあまりに短絡的な思考がどう形成されたのか、
事件と容疑者の大麻使用との関連性、
措置入院からの退院後のケアの問題、
措置入院自体の是非や精神疾患患者の人権の問題、
市民の安全をどう守るかという問題、
障害者施設の立地問題や障害者差別の問題、
障害福祉や介護の現場の労働環境の問題や運営体制や、福祉や介護に関する法制度の問題、
被害者の実名公表の是非などを巡る事件報道のあり方の問題。


まだある。

事件の起こったのが強度行動障害者の受け入れをしていた施設であったというのもある。それはまた、福祉の世界に根強い「絶対受容主義」という思想、そしてそれと逆方向の「極端な治療主義」という二つの思想の問題。

さらにいえば、差別思想も含め、なにかと極論に流れやすい今の日本の世情というもの、その世情の背景にある人々の不安感なども浮き彫りになったのではないだろうか。

この事件が浮き彫りにしたものはとてつもなく多い。
それは今まで日本の社会が目をつぶってきたものであることは間違いないだろう。


他害の危険から市民を守るということの矛盾

社会からの隔離

容疑者は他害の危険あるという理由で措置入院していたという。
措置入院というのはある種社会からの隔離であるには違いない。

やまゆり園が強度行動障害者を受けいれる施設であったということはどういうことか?
それは、入所者の中にはすべてではないかも知れないが、他害や自傷の危険があるという理由でやまゆり園での生活を余儀なくされていた人がいたということだ。
これもまたある種の隔離であるのだろう。

他害の危険を理由にやまゆり園にいたため犯罪被害に遭った人もいるだろう。
その場所にいなければ被害にあわなかったかもしれない。

他害の危険から市民の生活を守るべきという理由で措置入院を積極的にという意見も見受けられるが、そのことは逆に強度行動障害で入所せざるを得ない人々もまた増やすことにもつながる。

まさに矛盾である。

他害の危険を「隔離」という手段以外で減らすことはできなかったのか?


そこに立ちはだかる問題に踏み込まなくてはいけないのかもしれない。


無関心と差別と自己責任論

属性の違う他者については関心が持ちにくい…これは誰しもそうだと思う。
何かメディアで取りあげられでもしない限り属性の違う他者に情報に触れることは少ない。

「障害者のことを理解すべき」

という声は多いが私はこういった言論はいささか無茶があると思う。

職業的支援者や行政の福祉窓口の職員であればあまり無知であってはいけないとは思うが、一般の人に細かいことを知れといっても実際的でないようにも思う。

無関心であってはいけないという理解の押しつけは心理的な拒否反応につながってしまう気もする。

その拒否感は差別や非情な自己責任論に繋がりはしないだろうか?

そんな危惧をおぼえてしまう。

無関心をなくせば…という問題ではないのかもしれない。

 
 
受容主義vs治療主義

ある種の障害に伴うパニックについては当事者の心理の受容こそがパニックを減らすための最優先であるとする意見は根強い。

「行動の全面受容=心理的受容」という前提に立つ場合、特に知的障害が伴う場合は他害が生じた時に打つ術がなく、家族や福祉職への負担が重くのしかかる。

そしてそれに対抗するかのように「そうならないように治すべき」という意見もある。そういう意見を持つ人それぞれが提示する手段はさまざまだ。

(なるほど状態の改善につながりそうだと思うものから、高価なだけでかなり怪しげなものまで…だが、ここではそれについては詳しくは触れない。ちなみに、私自身は「行動の受容」と「心理的受容」は別物だと思っているし、他害を伴うパニックはなんとかした方がいいと思っているし、こと自閉症に関しては心理面だけでなく身体面・感覚面、そして学習面をより重視したほうがいいとは思っているのだが、それとて、個々の自閉症児者の状態によって、家庭の事情によって最優先とするもの(できるもの)は違うと思っている。)


受容主義に対抗する意見は、受容主義に対して強烈な非難といった色彩が強いし、排他性を伴う気がする。

そしてそのことが、「なるほど」と思える提案を受けいれにくくしているような気がしてしまう。

人間はそれほど強くはない。
「だからいったじゃないの」という強い語気が感じられると、責められている気分なって内容を精査しないまま拒否しやすくなり対立の火だねにしかならない。

(実際不毛な対立がネット上で散見される)
 

パニックを伴いやすいと言われる自閉症などの障害者の状態改善へのとりくみが遅々として進まないのには、こういった「だからいったじゃないの」的な論調の影響も少なくないかもしれない。
 


極論の背景

今回の事件、もちろんさまざまな分析は必要だし、対策は必要だと思うのだが、今回の事件に関連して、前段で述べたような論調が噴出しているような気がしてならない。

差別を憎むといったものもあるし、非常に差別的な内容を含むものもある。

とても個別に紹介することはできない。

ただ言えることは

「だからいったじゃないの」
「だからこうなるんだ」

といった批判は、それが激し論調であればあるほど

「そうしなかった人がひどい目にあっても自己責任」
「そうしなかった○○が悪い」

というメッセージを伴いやすい。それは言ってしまえば無責任な責任追及であり、ときとして攻撃性や排他性をも伴いやすい。

とはいえ、ある意味その激しい論調というのは、言っている側が言っていることを「人ごと(よそごと)」としてしまうことで自身の身を守ろうとしていることの証左なのかもしれない。

「人ごと」でなければ出てこないだろう意見が多いということこそが、今の世情の息苦しさを示しているのかもしれないと思う。


もしかしたら、問題の「人ごと化」を極端に体現したのが相模原殺傷事件の容疑者の障害者排斥思想であるのかもしれない。

守らなければならないのは?


今回に限らず、だれでも恐怖を感じてしまうような残忍な事件が起こると、犯人を糾弾する言論はもちろんたくさん出てくるが、付随してさまざまな言論がわき上がる。

そして、不可解な事件であればあるほど極端な言論が出やすくなる、陰謀論のような現実離れした言論、差別的な色合い強いもの、個人への人格批判を伴うのもの。
それらは往々にして排他的であったり攻撃的であったりする。

そして逆に穏当な意見ほど出にくくなってくる。


つまりネットを含めた各種のメディアには極論が露出しやすくなる。
 

そういった時、子ども達が事件の凄惨さだけでなくその極端な意見(の排他性、攻撃性)に触れすぎれば、不安な気持ちになることもあるだろう。元々何らかの不安をかかえている人や、被害や言論の影響が自分の身に及ぶ可能性のある人もまた同様に不安な気持ちになっているかもしれない。

実際今回の事件後に不安からか調子を崩している人が私の身近にもいる。
 

特に子ども達に関しては身近にいる人が(別に親でなくてもいいと思うが)そういったことに配慮して安心させてあげられればなあ…と思わざるを得ない。
 
もうひとつ大事なこと、子ども達、若い子達がその未熟さゆえに物事を一面的にしか考えられず、目にした極端な意見に傾倒してしまうということもまたありうることだ。そうなっていないか?というのにも周囲の年長者が注意をしてければいいのかも知れない。
 

終わりに

現時点で私自身、結論めいたものは持てていない。
ただ、出てくる情報が少ないのに絡み合いが複雑なことだけだけが浮かび上がる。

この社会の構成員の1人として「できる範囲で人ごと化せず」考えていくしかないのだろう。

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