発達障害者はなぜ「身勝手」といわれなきゃいけないんだろう?

今朝のNHKの「おはよう日本」で発達障害の特集があった。

取り上げられたのは沖縄の精神科医、後藤健治氏。
後藤氏はADHDで、ネット上で発達障害に関するブログを書いている。また、自らのサイトに「偏屈者宣言」というものを掲載している。

後藤氏のブログはこちら
後藤氏の「偏屈者宣言」はこちら


実は後藤氏のブログはちょっと前からチェックしていた。


さて、放送で私がひっかかったのは後藤氏が「偏屈者宣言」をするきっかけになったという奥さまのひと言。

「発達障害の人は身勝手だ」

というものである。
どうにもこれが私のアタマにひっかかるのだ。

私は後藤氏とは違うアスペルガー症候群である。しかし、私もこの「身勝手」という言葉を浴びせ続けられて生きてきた。

小学校や中学校ではでクラスメイトに、そして教師に年中そういったことを言われてきた。母親にもときどきは言われている。

私にはこの「身勝手」という単語自体がよくわからない。
歳をとるにつれ「こうしておけば身勝手といわれない」というのはおぼろげながらわかってきた部分がある。

しかしながらどうにもピンとこないのが、定型発達者が発達障害者に対し「身勝手」と感じてしまう心理はどういったものなのかということなのである。

私の息子も夫もアスペルガーだが(息子は確定、夫はたぶん)、私自身は彼らに対し「身勝手」と思ったことはないのである。だから尚更謎が深まる。


定型発達者が発達障害者に対し「身勝手」と感じてしまう心理はいかなるものであろう?先だって記事にした定型発達者の「チーム感覚の維持」心理だけでは説明のつかない部分があるような気がするのだ。


しばらくこの謎解きに取り組んでみようかと思うのである。

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コメント

身勝手って自分モードのことかな
こういう疑問に喜んで答えたがるお節介なぽいっとです。(すみません)うちの場合、身勝手と感じるのは、「自分モード」の時間が長い時ですね。定型にも自分のことを考える時間が必要ですが、仕事のことやケアが必要な家族のことを考えている時間の方がずっとずっと長いのです。個人差はありますが。

夫は毎日ひたすら自分、自分、自分です。ヤンバル先生も自分モードの時間が長いことが精神の安定につながるのでそうしているのでしょう。もし、身勝手という発言を聞いたのならば、「こうしている方が落ち着くから」と説明をするのが、多数派にとって気持ちよく聞こえるかもです。
期待に応えてくれないから?
うちの母(定型)も父(AS)を身勝手だと言い続けてました。

夫として父として、やるべき行動や配慮が足りない。(気がつかない、もしくはできないため)

自分のことしか考えていないのでやろうとしないのだ。

という思考のようでした。
はっきりして欲しいことを相手に伝えずに、察して行動することを要求し、
できない、気がつかないと考えるより、「身勝手だ」と思った方が受け入れやすい、というのはなぜかなぁと思います。
ご無沙汰してました
身勝手とは私は思ったことはないんですけど

「そんな風にされたらいやだって分るはずなのに、どうして何度もやるのよ~」

と思ってました。私の場合、ASを知るまでは「ワザとやってる」と思ってました。身勝手のレベルではありません。「私を苦しめて楽しんでいる」とも思っていました。

人を苦しめても平気=身勝手

というところでしょう。でも、その苦しみはASを理解できない、知らないのが原因で生まれる苦しみです。

少なくとも、私は今は旦那のことをそういう風には思ってません。理解はしましたから。でも、他人が絡んでくると私が尻拭いをすることになるのでしんどいのはしんどいです。
しんどくなると、そのしんどさがわからない旦那につい腹を立ててしまいます。腹立てても仕方ないのはわかっているんですけど。

やっぱり、わかって欲しいから。ですね。
倫社の教科書
思い出したんですが、夫は高校の時の倫社の教科書を見て「こういうことを考える人は、妄想のかたまりだ。」と思ったらしいです。あまりに異常な授業だったので、よく覚えることが出来てテストは満点だったらしいですが。要するに現実との対応付けが出来なかったんですね。いまだに、子供達に道徳や規律を教えようとすると、ムカっときて、場合によっては辞めさせようとします。(これが私にはこたえます)義母もそういう人だったので、自分が感覚に違いがあることに全然気がつかなかったのかもしれない。自覚がない人はこれからが長いですね。
はじめまして
ASの小学3年生の男の子がいます。
つい昨日、息子に対して「身勝手なヤツめ~!」と思ったところです。
息子はとても自分に正直で素直なんだと思います。
裏を返すと自分のことしか考えないということになります。
「僕はやりたくないからやらない」
「僕は好きじゃないからいらない」
「僕はそれは嫌いだから食べない」
息子がやらなければ、他の人がやらなくてはならなくなります。
好きじゃなくても、相手の「あげたい」という気持ちを尊重してもらって欲しい。
嫌いなら、わざわざ言わずに手をつけないで残して欲しい。作った人のことを考えて欲しい。
つまり「相手ありき」のことでも、自分の主張する。
そんな感じなんです・・・。
どれもこれも・・・
先日のニュースを小耳にはさみ、まさに「これだ!」と思いついていろいろなサイトをサーフィンしています。「自分勝手」それこそ、私の夫の代名詞。小さな子どもの育児中で猫の手も借りたいことばかりなのに、妻が困っていることが、わからない(わかろうとしない)助けてやろうと思わない。普通のサラリーマンなのに、休日も平日も夜中の3~4時に風呂に入り、明け方眠りにはいる、自分勝手なスケジュール。うるさくて眠れやしない。お昼に子どもが騒ぐと「うるさい!」だって。そんな時間に寝てるほうがおかしいのよ。もうひとつが「時間ケチ」自分のことに使う時間が異常に長い。子どもが大きくなるまでだけでもいいから、とお願いしても、聞く耳持たず、です。思いの共有なんて夢のまた夢。「家庭」なんてありません。悪い人じゃないんだけれど。
あなたはこのことを、どう受け止めますか?私はこんな社会貧しすぎると思います。
『2002年7月24日正午-神戸。高機能自閉症と診断されていた14歳の長男が、父親に首をコードで絞められ窒息死した。2003年5月15日、判決が下り父親は懲役3年、執行猶予5年が言い渡された。翌日の新聞には「同情します」という見出しがデカデカと載り、殺人を犯した父親の友人・医療関係者・障害者団体などからは、「減刑バンザイ」の声があがった。(殺人犯の減刑を求める嘆願書約2万人分が裁判所に提出されていた)』
もっと「身勝手だ!!」の話しを聞きたい!
みなさま、こんにちは、ミントさん、はらふくるるさん、たけさんは初めましてですね。コメントありがとうございます。

だいぶ複雑でやっぱり単発要因ではないようですね。

「自分モード」「察しあい」、「(定型の)気分的な苦痛を作り出してしまうこと」、「気持ちを尊重されている気がしない」「助けてやろうと思わない(と定型に感じられる)」「時間ケチ」

だいぶ参考になります。脳みその中で若干つながりが見えてきそう…

貴重なご意見ありがとうございます。

この際もっともっと「アスペはこういう風に身勝手だだ」という話しが聞きたいですね!!!

よろしくお願いします>みなさま

***

>たけさん

アナタって私のこと?でしたらちょっとだけ

もう闘うのには飽きましたので、相互理解の為の方法論を探る方が趣味にあっています。そしてそっちの方が共生のための早道だと思います。

社会に対する義憤ってのもないこともないですが、それをダイレクトに出すとなると、マイノリティ的意見がマジョリティを目指す段階で集団化するし、そうなるとどっちにしろ定型発達者的チームの論理が働くのでどうも体質にね…です、はい。
またお邪魔します。
何年か前ですが、私自身が鬱っぽく、原因が「自分自身の気持ちの持ち方」にあると考え、色々な場に勉強に出かけていました。

あるところで「五分五分の力を出し合ってバランスを取る」という「コミュニケーションを体感する」ワークをやりました。

目を閉じた二人が向かい合って、手と手を合わせてお互いに押し合うのですが、相手の力の出し方などを手のひらで感じながらバランスを取り合い、だんだんと力を強めて「最大の五分五分」の状態を感じる。そういうものでした。

そのワークにいたく感動した私は、家に帰ると旦那にその内容、目的を説明し「やってみよう!」と言いました。

次の瞬間・・・私の体は思い切り壁にぶつけられていました。

「何でこんなことするの?」と震える私を旦那はきょとんと見つめていました。

私の家では日々「例えるならそれと同じような事」が繰り返されています。

私のこと、人間と思ってないのかな?人間と思っていないのに、ご飯は作るもんだと思っているのかな?

そんな感じですね。いつも抽象的でごめんなさい(^^;)
私もまだ頭の中が整理しきれていないのですが、短く言うと、「精神的安堵感が得られない」ため「おかしくなりそうになることがある」がこれを「わかってもらえない」ため「ツライ」のです。端的にいろいろなケースを挙げたほうがいいのでしょうが、時間がかかりそうです。

いずれにしても「同じような気持ちでいる人が私以外にも存在する」ということがわかってとてもうれしい。(これも定型の感じ方なのでしょうが・・・。)

15年余の結婚生活中、あまりに私の「文句が多かった」ために彼は「もう何も聞きたくない状態」で、「なるべくかかわりのない生活をしよう」と提案されています。それを受けて「何のための結婚なんだろう?」と非常に寂しくショックをうけている状態です。

どうすれば共存できるのか、大きなテーマです。
夫の場合
夫もASですが、息子とは全くタイプの違うASです。
夫の場合は「言葉」で引っかかり私を責めるんです。被害者意識もかなりあります。
先日出かける時、
「次の電車まであと10分だよ」
と私が言いました。
だけど駅に着いたらその電車が出発した直後。すると夫が、
「お前が悪い。10分『ある』って言うから信じたのに。あと10分『しか』ないって言っていれば急いだはずだから絶対に乗れた」
その後もブツブツずっと私を責めていました。乗れなかった自分がかわいそうモードに入っているんです。
でも10分は10分だし、一緒に歩いていたのだから夫が自分で時間を確認して「急ごう」って言ってくれればよかったのに!(T_T)
夫の身勝手は「自分がかわいそう=ちゃんと言わなかったお前が悪い」というモードです。
ひとりよりふたり~
このあたりのことを知ったばかりで厳密な意味でダンナがASかはまだ「?」(ADHDかも)ですが、NHKの朝ドラで今「ひとりよりふたり~」という歌が流れます。続きは、「響きあう~心と心・・・」と来るのですが、これを聞くといつも心がチクっとします。「あ~そういう瞬間は私には一生来ないんだな~」と思うとせつない。声がとても良くって心引かれる歌なんですが、痛い。まあ、私自身もこういう(うつっぽい)心の状態が長く、「定型」と言えるかどうか自信がないのですが、(定型は)響きあう心の「欠如」でとても心が痛む、ということはひとつ挙げられると思います。「人はパンのみに生きるにあらず」とキリスト様も
おっしゃったじゃないですか。(すみません、今日が誕生日なのでちょっと落ち込んでいます。また、いつもどおり主人からは何もない一日でしょう。今更期待はしていませんが一言ぐらい「おめでとう」と言ってくれても損はないと思うのです。「定型は」)
すみません、「身勝手」とはあまり関係なかったかもしれませんね。
RE:またお邪魔します。
うーん…
ちゃんと「気持ちの」モニタリングしてそれをフィードバックして返して欲しいところを、そうしてくれないと感じるというところでしょうか。
確かにアスペルガー症候群者は他人(定型)の気持ちをモニタリングすることができていないのかもしれない…
RE:夫の場合
うちの夫もまさにそれをします。

ただ、私の解釈がずいぶん違いますね。
同じことが起こったとして、うちの夫もそういった難癖つけかねませんが、

「あ…凹んでくよくよして、気分が切り替えられないでいて甘えてる」
と思いますので、

「そーよ、郵便ポストが赤いのも、お日様が西から昇らないのも私が悪いのよ、ところでさ」

と、話しを切り替えますね。

非常にこの違い重要な気がします。

定型発達者にはアスペルガーが凹んだ気分を切り替えられなくて悶々としている気持ちは感じ取ることができなくて、時として責められているように感じたり、「自分がかわいそうモード」に入っているように思えてしまう→自分勝手に見えるということかもしれません。

うーん、興味深いです。

RE:ひとりよりふたり~
はらふくるるさん、こんにちは。

お誕生日おめでとうございます。

安堵感…これは私にそういった感覚があるのか…ちょっと謎です。

アスペルガー症候群者が定型発達者の「安堵感がない切なさ」発生させやすく、を理解できない(少なくとも理解を表明しない)→身勝手に見える

というところでしょうか。

「ひとりよりふたり」のお話は
定型発達者にはなんらかの「共同感覚」が必要なんだろうと理解すれば納得がいきます。

示唆に富んだお話をありがとうございました。
そうなんですね!!!
目からウロコが落ちました。
夫のことも息子のことも「すぐクヨクヨして!私のことを責めて」と思ってました。
「気分が切り替えられなくて甘えているんだ」ということを全然気づきませんでした。
そうか、そうやって話を切り替えればいいんですね!!
はじめまして♪

私もこのところ気になっていた事柄なので
こちらの記事や皆さんのコメントを
拝見させていただけてよかったです

「身勝手」といわゆる定型の人が感じることって
コミュニケーションする双方ともに
あるいは、どちらか一方が
お互いに自己と他所の区別が
ハッキリとついていないと感じるのではとおもったりしてます

発達障害のある人の側にだけ
問題があるのだとはおもわないです


よくはわかりませんが・・・
本来、生物には、生物としての命あるものとしての共通部分(意識的であるにしろ無意識にしろ)があり、同様に哺乳類として、ヒトとして、日本人として、男性同士(女性)として、同時代人・同級生、クラスメート、家族として…etc..色々な段階があり、直近の部分で、自分と他人の区別があり…。

例えば同じ家庭で子どもが重大な病気になって入院した場合などは、夫婦の立場としては、対処するときかなり重なる(?というか応じる?)部分も出てくる(もちろん重ならない部分も在る)はずなのですが、その重なり方の認識が双方で「随分と」量的に異なる(私の場合は夫=限りなくASに近い、妻=いちおう「定型」とすると、AS(小)<<<<<定型(大))ため、行動にも差が出てくる。(つまり、夫=子どもが重大な病気であれ、あまり影響されない生活(仕事に行って帰る)vs.妻=過ごす場所(=病院、行き帰り)、やること(日々の生活+当人のサポート、兄弟のサポート、予定の変更等)の大きな変化、

例えば、このケースだと、夫がフレックスのサラリーマンだった場合などは、少し出社・帰宅の時間をずらして、幼稚園に通っている兄弟の送り迎えをてつだって欲しい、などの要望が妻側には出てくるのですが、それを察することはしないで自分のペースでのみ出社・帰宅を続ける(悪意はないままにですが)

即ち「自分勝手」ということでしょうか。我が家の場合は、こういうちょっとしたことがあると必ず私の心の傷につながります。一つ一つは覚えていたくない、忘れたい。そして、「とても冷たい」「助け合えない」という印象のみ残ります。

自他の区別があまりに歴然としている場合は「周りに冷たい」ということになり不明確な場合はどうもその逆にはならないようですね。とにかく「違う」。


すみません、わかりにくい上に、見辛くて…(改行ってどうやるのでしょうか?)

整理してから書きこみたいのですが、そうしているといつまでもできないような気がして。わからなかったら読み飛ばしてください。(長くてすみません)


ASの夫は物事を「好き」と「嫌い」に二分割して、嫌いなことは絶対にやらない、これもあります。定型は嫌いなことも我慢してしますし。一日にやらないといけないことがあったら、万遍なく少しずつ全体をやることを義務と考えます。人によっていろいろな種類が出来るか違いますけどね。

そうそう、それから「他人と違っていていい」という発想もあまり持っていないんですよ。他人と違う家事、他人と違う育児は避けてオリジナリティを少しだけ入れる。これが社会性なのかもしれません。
「興味ない」
我が家の夫も、何かおこっても「興味ない」で、一蹴します。この一言は私にとっては「魔のひとこと」。

「それで済めば世の中ラクよね~」と尻拭いが私の役目です。(おかげでいろいろできるようになりました。(笑))
財布が見つからない!とパニックになって探す夫。一緒に探してあげたらズボンのポケットに入っていました。
「見つかったよ。ポケットに入っていたよ」と渡すと「どこにあった!そのズボンはどこにあったんだ!ずっとそれを探していたのに見つからなかったんだぞっ!」と興奮状態。
いつもなら『せっかく探してあげたのに逆ギレ!?』とムカつくのですが、狸穴猫さんのコメントを読んだあとだったので(まだ興奮が冷めないのかな?気持ちが切り替えられないのかな?ホッとしたから私に甘えているのかな?)と思い「そこにありました~」とその場は流しました。
あとで「せっかく探したんだから、あの場合は『ありがとう』なんじゃない?」と言ったら素直にお礼を言ってくれました♪


★ちゃん さんへ
うーん、定型発達者って、アスペ側から見ると「気分」「気持ち」の自他区分が非常にあいまいだと思います。
その辺の違いからも「身勝手」「自分勝手」っていうのがくるんでしょうね。
RE:よくはわかりませんが・・・
やっぱり「察して助け合う」を定型発達者は求めるようですね。なんか、何故うちがうまくいっちゃってるのか不思議に思えてきました…。
ぽいっとさんへ
>「他人と違っていていい」という発想もあまり持っていない

これは…非常に重要なポイントのような気がします。

うちの息子は学校で「周りがあまり同じ反応するのでロボットみたいに思えた」っていってましたっけ。
RE:「興味ない」
これはちょっと二次障害との関連性を考えちゃいますね。「コワイからやりたくない」の裏返しかも…(元夫がそうでした、なんでもかんでもやりたくない人)
まあ、他人(家族)に押しつけるとなると身勝手ということになるのでしょう。
みんとさんへ
ミントさんの夫さんとうちの亭主は似たタイプのようですね。うちでも同じようなこと年中やってますよ。
ほーんと、一度興奮回路に入るとなかなか抜け出さないのが困りものです。ま、慣れてしまえば「あ、またやってる~」ですが。
共感って。
突然すみません。「共感」って、人間が誕生してから現在まで生きぬいてくるのに、必須だったんじゃないでしょうか。ひとりでは死んでしまうような時でも助け合って生きてきたんでしょ。かなり本能的な部分だと思います。だから「普通は」本能的に要るんです。
私もAS?さんへ
うーん、共感ですかあ。アスペルガー症候群者は他人にあまり共感しないから身勝手に映るということかしらん。
私が思うに
共感って、共通の感情という土台があるから、できるんじゃないでしょうか?
思考回路がまったく違う人に共感するのって、定型発達の人にとっても難しい。
逆に、アスペルガー同士で、「分かる分かる」って感情は、結構あるのでは?
「共感しない→身勝手」の前に、
「共感しない→寂しい、突き放されたような気持ち」
があって、結果、
「別々の行動をする→身勝手」
となるように思えます。

また、共感の感情の土台、っていうのは、今存在する個人同士以前の土台として、人間同士、日本人同士云々といった脈々とした無意識の土台が脳みそに刷り込まれているのではないかと思うのですが。そういうのってないんでしょうか?
共感
同じ感情体験があってこそ「共感」が成り立つので、自閉同士、定型同士の方が共感はしやすいかもしれません。

でも何らかの共通項があり、人手間かければ定型と自閉でも共感は可能じゃないかなと思ってます。
体験が同じでもお互いの表現方法が違うと通じにくいですけど。
うちの場合
初心に戻って、「身勝手」ですが、例えばこういう場合感じる、というケースをいくつか。。。

夫は、朝6:00~8:00頃寝床に入ります。平日は昼ごろ、休日は夕方に起床です。普通のサラリーマン。ただし会社はフレックス。夜中に帰宅、パソコンと読書をして、夕食は朝4時。要はお日様と家族その他の人間とは反対の生活です。夜中にうるさくて起きると「起きるの?」と不機嫌な顔をします。休みの日にこれをやられると力が抜けます。気持ちが萎えます、家族一緒にすごそうなんて発想は、はなからありません。

年末の大掃除。
家族みんなで大掃除の雰囲気になって一気にざぁ~っとやってしまいたくてもいつもどおり日中は寝ている。足並みがそろわず、子どもも手伝ってくれません。

元旦
家族で朝「あけましておめでとう」の挨拶をしたくても、寝ていていない。
生活に、ひいては人生にメリハリが全くない。季節もイベントもなし。いっつも同じ。つまらない。旅行もきらい。そういえば…

旅行のときにも、いつもどおりの時間割で「読書」をする。一つの部屋の中で夜中明かりをつけていられるので、家族皆よく眠れない。日中は眠たいのか心ここにあらず状態。

家族で海水浴に行った時、小雨がふっていたら、「頭がぬれる」とひとり海の家で読書をしていた。(髪が薄めで雨にぬれると地肌が見える、と小雨でも絶対傘をさす)5歳上の私(もう水着になんてなりたくない!)が子どもと海に…おい!父!

ごめんなさい、言いはじめたら尽きません。今回はこのへんで。狸穴猫さんのおうちでは、こんな場合どのように物事が運ぶのでしょうか?(急ぎません。体調不良ならゆっくりお休みくださいね)
あの~
身勝手って我がままとは違う意味
だった?
私は我がままと言われて育ってきたな~。
ところで狸穴猫さん、また記事のリンクさせて頂きました~
トラバってどうやるのかしら??
わからないので記事中にリンク
貼っています!
すごいコメント数でたまげた~!!
共感と共同作業と協調行動と共同意識
みなさまどーもです、melonさんははじめましてですね。

共感と身勝手の関係が話題になっているようですが非常に興味深いです。

定型発達者にとっては協調行動や共同行動の前提として心理的に共感が必要だということでしょうか、んでもって結果として共同意識が織り上げられることを期待するというか…

確かにアスペルガーの場合、協調行動・共同行動をする場合でも心理的に共感に依存しないような気がしますねえ、単に所属集団として合理的だからとか、少なくとも私はそんな感じですねえ。
RE:うちの場合
はらふくるるさん、こんにちは。

あまり参考にならないですよ~


うちの場合は総員がアスペルガー的に年中行事にと季節の食に「執着」してます。
こんなに年中行事(の食だろうけど)にこだわっている家なんて今時ないだろうな~とも思います。


亭主はこれまたアスペルガー的に早寝早起きして三食食べることに執着してます。(日曜の朝は私が寝ていても勝手7時になれば朝ご飯作ってチビにも食べさせてます…ラクチン)

多動気味の亭主はお出かけ好きで私が困るくらいです(私はどっちかというとヒッキー的なので)

いつも家族一緒に…という発想はあまりないんですが、執着してるものがしてるものなので(季節の鍋とか行事食とか…)、どうしても一緒になるんです。

庭掃除なんかはうちは1人じゃ絶対手が回らないので執着している言い出しっぺの亭主に全員巻き込まれますね。(半ば脅し?が入るけど)

生活習慣がしっかりできているかどうかでずいぶんアスペでも有り様は変わってくると思います。

ちょっとしたことで生活習慣がズタボロになっちゃうのもまたアスペなんですけどね。実は今の私がそうです…昔のことから来るPTSDで生活ズタズタになりました。いま、亭主のおかげでかろうじて人間らしい暮らし方をしてられるって感じです。

私から行事への執着(特に正月にはとてもこだわっちゃう)とったらなにがのこるかなあ…です。

RE:あの~
身勝手・わがまま・自分勝手こりゃまあ同じようなもんでしょう。

っと、トラックバックのやり方ね。

トラックバックしたい記事を単発で出すと下の方に「この記事のトラックバックURL」ってのがあるでしょう。まずはそれをコピー。

そしたら自分の該当記事の新規画面か修正画面かをオープン。すると一番下の方に「トラックバックの送信先」というボックスがあるのでそこにカーソルおいてさっきコピーしたURLを貼り付けて保存すれば一丁あがりです。
自分の記事内にリンクができるわけではないので、リンクが必要な時は今まで通り記事内にもリンクを貼っておきませう。
私の身勝手ぶり
別ブログ(桃里さんの昨日の記事です)でコメントした内容と重複しますが私は、マナーやルールに独自のこだわりがあります。守って当然のルールを守らない人が理解できないのです。
それは、私のこだわりであって
他者に押し付けるものではないので
あえて口には出しませんが
とても気分が悪くなるのです。
かと言って自分が全てのルールが守れるかというとそうではない。
子供の頃から教え込まれたものは、
今でも律儀に守る。
でも、大人の事情や暗黙の了解の域に関しては理解出来ずに未だに失礼な振る舞いや、マナー違反を起こすことあります。
こういった行動は、本人に意識はなくても身勝手だと映りやすいでしょうね。

ところでトラバできました~!!
丁寧に教えて下さってありがとうございます。
以前できなかった、空間認知の方も
させていただきました。



はらふくるるさんへ
夜型にシフトしたり、ひきこもりになるケースよくありますね。うちも家庭での生活時間のうち半分ぐらいひきこもっています。
狸穴猫さんへ
狸穴猫さんの引用(やり方がわからないので)

うちの場合は総員がアスペルガー的に年中行事にと季節の食に「執着」してます。
こんなに年中行事(の食だろうけど)にこだわっている家なんて今時ないだろうな~とも思います。


亭主はこれまたアスペルガー的に早寝早起きして三食食べることに執着してます。(日曜の朝は私が寝ていても勝手7時になれば朝ご飯作ってチビにも食べさせてます…ラクチン)
引用終わり

このあたりが、執着モードで一致しているから、狸穴猫さんのおうちはうまくいってるんですね~。

家族が一丸となって早寝早起きなんて、なんて「健康家族」なんでしょう!
だんなさんが朝ごはん作ってくれるなんて、なんてシアワセなんでしょう!
ASかどうかより、執着するものが一致(ベクトルが同じ方向)していれば問題は起こりにくいんですね。

私と主人は開けてみれば、全て正反対。ただでさえ、ギャップが大きい上に、AS的傾向により、歩み寄りが見られないための「不幸」っていう構図が見えてきました。

ぽいっとさんへ
「夜型、ひきこもり」はよくあるんですか。知りませんでした。

お母さん(義母)に「同居人だと思えばいい」と言われたのは、こういうことだったのね~っと今更ながらに納得です。

ぽいっとさんのお宅では、家族でのお出かけや夏休みの旅行などどのように対処していらっしゃるのでしょうか?(もちろん差し支えない範囲で結構です)
はらふくるるさんへ
どうもです。うちは家族で滅多にお出かけしませんよ。一緒に行こうというと腹を立てるので、次第に行かなくなりました。夫は一人では出かけるし、子供と私が出かけようとする時に、ついてくる時もあります。私一人が車の運転をするので、また私に疲れているかどうかの気遣いがないので、実はちょっと嫌なのですが。

夜型、引きこもり、すごくよくありますよ~。(うちの旦那が引きこもってテレビを見ている時の幸せそうな姿!うらやましくさえ思う時があります。笑)

年をとってからも、昼夜逆転生活とか聞きますし、家族と離れて一人暮らしをはじめるケースもあるようです。
やはりアスペルガーと思われる、中学の女の子を見ていて、なぜ友達の中に入れないのだろう?と考えて、「友達が欲しいとは思うけれど、基本的に他者に関心が持てないからだろう」と思いあたりました。自分の場合でも同様ですが、何かの目的がないと、相手の気持ちや興味などを考える習慣がないし、考えろって言われると、苦痛なんだと思います。目的って、「友達を作ること」だろう、と言われれば、その通りだけど、その目的のために相手の気持ちになれっていうのは、漠然としすぎて具体的に何をしたらよいのか分からない、分からないのを言われるのは責められているように感じてしまい、反発する、あるいは、相手の気持ちになって考えていると、自分を押さえすぎてぐったり疲れる・・・そんな感じでしょうか。
 私も、その子の感性に近いので、そんなことを推測しました。
 自然に、相手の気持ちと自分の気持ちを調和することができる人には、この葛藤はなかなか理解できないんだと思います。
私が身勝手と感じる事
私が、つれあいのことを身勝手と感じていた事は、結構単純なことが多いです。

自分はすることなのに、他人が同じことをするのは許さない…
という事。

例えば、自分はテレビに向かって大声でブツブツしゃべり続けているのに、私がテレビについての感想を一言でも番組中にポツッというと、
「テレビ見ているのにうるさいな」
という時などです。

でも、これは、つれあいが『自分がテレビに向かって絶えずブツブツ言っている』ことを認識していないということがわかったので、もう身勝手とは感じません。

身勝手とは思いませんが、『うるさいなー』『やめて欲しいなー』とは思うので、
「テレビは黙って見て」
とは注文しますけれど。

+++

全く別件かも知れませんが、狸穴猫さんのおつれあいは、家事(生活)のスキルが高いので、ご家庭内が上手くいきやすいと感じました。

夫がご飯を作れたり、子どもの世話ができたりしたら、妻は
「すべてのことを私がやらされている・押し付けられている」
と感じないでしょうから、夫が自分の時間を多少長く取っても、それを『身勝手』とは感じないのではないかと思います。

アスペルガーとは関係ありませんが、家庭生活においては、家事能力が多少でもあるかないかは、大いに問題になると思います。

夫婦の一方が自分の時間もなく、家事・育児すべてをうけおい、なおかつもう一方がアスペルガー者で、アスペルガー的こだわりで、何か(趣味とか)に没頭していたりしたら、やっぱり『身勝手』と感じてしまうと思います。

+++

問題は、『結果として同じ行動』なので、身勝手な人が身勝手でやっているのか、アスペルガーなどの方が『相手が困っていることに気がつかない、指摘されてもわからない』でやっているのか、定型には区別が付かない、ということかもしれません。

同じ行動でも、相手が非定型の方であるとわかっていれば、『身勝手とは感じない』という方、多いと思います。

>定型発達者が発達障害者に対し「身勝手」と感じてしまう心理はどういったものなのかということなのである

ですから、この『定型の心理』、定型の私でもよくわかりません。

(ただし、『身勝手』とは感じなくても、『困る』『やめて欲しい』と思うことは、多々ありますが。)
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私はこの前診断を受けたばかりの当事者です。
この人の「アスペルガー症候群私見」があまりにひどい内容だったのと
精神科医という立場の人間が、学術的な見解なしに
個人的な印象をネットで公表しているのにビックリしてしまって…

「発達障害者が身勝手」ではなくて
この人が身勝手なだけだと思います。

そういう人がいるから、全体的にそう思われてしまうのは悲しいです。
症状は人それぞれ違うので一概に決めつけないでほしいです。

すみません…
「後藤健治」で検索してこのブログにきました。

ちょっと冷静になって考えよう…(´・ω・`)

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