発達障害者はなぜ「身勝手」といわれなきゃいけないんだろう?(2)

発達障害者はなぜ「身勝手」といわれなきゃいけないんだろう?(2)

10月28日のNHKの「おはよう日本」で発達障害の特集があり、その中で「偏屈者宣言」なるものをした沖縄のADHDの精神科医、後藤健治氏が取り上げられたわけだが、その放送をきっかけに、

発達障害者はなぜ「身勝手」といわれなきゃいけないんだろう?
という疑問が私のアタマに渦巻くことになったのは前稿(発達障害者はなぜ「身勝手」といわれなきゃいけないんだろう?)で書いたところだ。

そこで、後藤氏のブログでご本人に直接尋ねてみたところ、氏の見解をご回答いただいたので紹介しておこう。

 多数派は「お互い対立しない」ことだけを非常に重視して生きています。本当のことを言うよりも自分を主張するよりも優先していると私は観察しました。そういう多数派の価値観に照らすと、自分を平気で主張出来る発達障害が自分勝手であったり身勝手に見えたりするということだと思います。
文化の違いの問題というのが私の見方です。


(後藤氏のブログより引用)

後藤氏のブログの該当記事はこちら


かいつまんでしまえば、
後藤氏は発達障害者のわりと平気で「自分を主張する」という部分を取り上げて、多数派の衝突回避傾向から多数派に身勝手ととられると考えておられるようだ。

これはこれで現象の側面を的確に表したものであろうと私は思う。

しかし、しかし、しかし!!である。

珍しくも!当ブログで前稿に大量のコメントをいただいたこと、そしてそれが定型発達者の「衝突回避傾向」以外の部分を取り上げたものが大半であることなどから、少なくともアスペルガー症候群に関しては、「身勝手」(当然、「わがまま」とか「自分勝手」も含む)と定型発達者が思う現象は一つの要因によるものではなく、多岐にわたったものがその要因であると言えよう。


コメントを読んだり書籍を調べたりしていて、おぼろげながらわかってきたことはアスペルガー症候群者が「自分勝手」と言われる現象には次のようなものがあげられるのではないだろうか


・協調行動にかんするもの
・共感性に関するもの
・こだわりに関するもの
・アスペルガー症候群者の主張しかたに関するもの
・察することができないことによるもの
・(定型側の)感情のフィードバックをアスペルガー症候群者ができないことに伴うもの
・自分のために使う時間の多寡に関するもの
・定型側がアスペルガー症候群者の感情(感覚?)を理解できないことによる誤解的なもの

まだまだあるのかもしれない。
もうちょっと本質にせまるべきものもあるかもしれない。

どうやら「家族」など狭い人間関係で、この「身勝手」という問題は大きく浮き彫りになってくるようにも思う。

とにかく、やはりアスペルガー症候群者の行動を見る定型発達者側の心理というのが大きく関わっているように思えてならない。


まだまだ生の声が聞きたい
「アスペルガーのここがわがままだ!」
「こうしたら身勝手だと言われた」
というような話を知りたい。




関連記事

このエントリーをはてなブックマークに追加

 


コメント

はじめまして。身勝手という表現の仕方、悲しいですね。でもその本人は、そう思ってるのかも。私も、脳性マヒの障害がありますが、社会から勝手にいろいろなことを言われて、嫌な思いをしたことがあります。
みゆきちゃんさんへ
はじめまして。
嫌な思いだけならいいんですが、それが稼いでいくこと、それと二次障害に直結してしまうのが障害特性というところでしょうか、だからこそ何とかしたいんですけどね。
わがままと言われました。
僕は「わがまま」と言われました。
しかも、相手のことをとても考えて、自分なりに譲歩して、相手が望む環境を作り出そうとしたときにでした…。
つまり、相手のわがままを満足させようとしていた(自分ではそう思っていた)時に言われたのです。
とてもショックでした。わがままな人からもわがままと言われる僕は超わがままだということになるのかと思いました。。
なぜそうなったのか?この謎、いまだに解けておりません。
ズンドさんへ
しかも、相手のことをとても考えて、自分なりに譲歩して、相手が望む環境を作り出そうとしたときにでした…。
つまり、相手のわがままを満足させようとしていた(自分ではそう思っていた)時に言われたのです。

こういう時に「わがまま」と言われたこと、とてもショックだったと察します。非定型の方でもこういう配慮をされる方もいらっしゃるんですね。(定型の物言いでごめんなさい)具体的な状況を教えていただければ少しはコメントできるかもしれません。

例えば、うちではこんなことがありました。
近くにおしゃれなコーヒー屋さんができました。(AS気味?の)夫が本当に珍しく「一緒に行ってみよう」と言ってくれました。そこまではいいのですが、「3~4時ごろは混んでいるだろうから、夕食後(8~9時ごろ)に」というのです。まだうちのちびは幼稚園児。9時と言えばもう寝る時間、ましてやコーヒーやケーキを食べる時間ではありません。上の子は小学高学年、行きたがります。上が行けば下だって行きたい。

~もめごとへ~となるわけです。子どもの身体や私の気持ちを考えて、どうしても行きたければひとりでこっそりと行けばいいのに…と思うわけです。

これは本当に本当にささやかな平和な一例です。

夫は、前の会社でやめる前に「○○さんには「絆」ってものがないんですか!」と若者に憤怒された、と申しておりました。(きっとプロジェクトが差し迫った状況だったのでしょう)「俺にはないんだ~、そういうもの。」と言って悪ぶっていましたが、そういう憤怒の念を周囲に撒き散らしながら生きてきた(もちろん私も迷惑を被っています)わけで、一緒にお遍路さんにでもなったほうがいいのかな、なんて思うことがあります。
うちの場合は「絆」「帰属意識」皆無なんです。
具体的状況は…
「きっと何かの役に立つ」と思えたので「記憶しておこう」と、思ったはずなのですが…どうしても思い出せないのです。
自分から忘れようとしたわけではないのですが、思い出せるのは、景色と相手の顔とショックだった自分の気持ちだけなのです。。
コーヒー屋さんの例のように、多分何か納得いく原因があったはずなのですが…今となっては本当に謎です。
今日
今日は夫が仕事先から家に電話をかけてきて、娘が出て「お父さんに、ドーナッツとポテトを残しておいたから食べてね」と言ったのに、「知り合いが来ているから皆で食事に行くことにした。」のだそうです。子供たちに万事こうだから、私に嫌われるんですよね。彼が嫌われる理由が、子供たちが全然眼中にないことだ、ということがわからないんですよね。随分言っているんですが。

ズンドさんの社会性は夫よりもずっと上だと思うんですが、(夫はズンドさんのような文章かけませんから)わけがわからなくっても、「自分は気がつかないことが多く、ご迷惑をおかけしているのかもしれませんが、ご指導お願いします。」とか、目下の人だったら「専門的なことに自分は少し疎いので」など、先に言っておいてもいいかもしれません。毒にも薬にもならない言葉ですが、困っている時に手伝ってあげよう、という気持ちにさせる言葉です。私の経験では、偉い方ほどこうして頭を下げていますよ。(その結果、ただ働きさせられちゃっているんですが)
例えるなら
ズンドさんは悲しい思いをされたようですが、それはうまくかみ合わなかっただけですよ。定型同士でも「せっかく頑張ったのに喜んでもらえなかった」という感覚のズレとか「そんなつもりじゃないのに、点数稼ぎしてるみたいに言われた」という誤解とか、そういう悲しいことは多々あります。

ただ、私達はそういうことの後にはそれを学習して、二度とそういうことのないように行動します。「あの人はこういうことが嫌い、あの人にはこうしてあげたら喜ぶ」と記憶に刻むのです。そして円滑にコミュニケーションが取れるように努力しています。

例えるなら、キャッチボールをする時、ボールが上手く投げ合える感覚って、相手によって違いますよね。何回か投げ合って、お互いに「加減」を覚えて、そのうち自然にいい感じに投げ合えるようになるわけですよね。

でも、ASの人とのキャッチボールは何回やってもボールが違うところに飛んで行ったり、方向は合っていても強すぎたり、弱すぎたり、「もっとこうして」と言うと怒り出したりしちゃうんですよ。

上手くいくために要求もするし、不満を言ったりするんですけど、「言われた」ことだけ残っちゃうんですね。定型にはそれがすごく悲しいことなんです。

意識できないこと
みなさまこんにちは、

ズンドさんの例、やはりAS側には「意識できない」ことが忘れてしまう要因なのではと推察します。

そういえば、定型の「要求する」はわかっても、「不満を言う」というのもアスペルガーにはピンとこない事かもしれません。

そういえば、「絆」…こと、「集団での」とつくとよくわからない概念になってしまいます。
意識できないこと、覚えてないこと
息子の連絡帳に担任から「わがままです」と書いてありました。
どこでどんなわがままを言ったのか?息子には全然心当たりがないそう。
そういえば「最近先生に怒られなくなった!」と息子が言うのですが、クラスメイトに尋ねたら毎日先生に怒られているとのこと。
改めて息子に「最近、先生に怒られた?」「ううん、怒られてない」
私はしばらく考えて言葉を変えてみました。
「先生はギャーギャー言う?」すると「うん!先生は毎日ボクにギャーギャー言ってる!」
ううむ。頭を抱える私。それってね、世間一般には怒られてるっていうんだよ…。しかも何を言われたのかも覚えてないし。
『○○をしたから怒られた』
それを意識して覚えていないので同じ事をまた繰り返す。同じ失敗を繰り返す。そして怒られる。怒られたことを意識してないのでまたまた怒られる。
それが担任にとっては我の強い、我がままな子という印象になってしまうようです。
思い出せない~学習できない現象について
 僕の場合イヤなことがあっても、TV見たりv-275飲んだり、寝たりしたら…それなりに回復します。あの時も…そのままベッドに行ったので傷はふさがったのですが、「覚えておこう」と思っていた状況のほうは忘れてしまったのです…
 このことから、僕は悲しさから逃げるために忘却回路が働いたのかと思っていたのですが、皆さんのコメントを読んでいて別の可能性を思いつきました。
 あの時の状況で僕が覚えているのは、「言われた」時の景色(画像)と、その時の自分の感情だけ。
 これって状況の情報なんですよね?もし記憶が全部残っていたとしても、「どういう背景があって、どういう経過をたどって、何が起こって、最後どうなったか。」こういう風にしか記憶していなくて、「あの人はこういうことが嫌い、あの人にはこうしてあげたら喜ぶ」と言ったことは、覚えている状況を引き出してきて、考察を加えて、初めてできることであり、「記憶に刻む」のはそれから出来ることであり…
 この差が何かを解くカギになりそうな気がします。
 
記憶の消化
ズンドさん、はじめまして。
話はずれるかもしれないですが。

私も長い間、風景+感情の記憶を持っていました。そこから何かを学ぶことは難しかったように思います。

でも、フラッシュバックを体験して、ありとあらゆることを一度に思い出した状態ではじめて、ああ、こういう状況で相手はこう思っていたのかもしれない、ということが理解できました。
6年も後のことだったりしましたが…。

本来その場その場で、この処理は自動的に行われるはずなんですよね。この処理をやってはじめて、失敗を繰り返さない、過去の過ちから学ぶ、ということができるのだろうなぁと思いました。

狸穴猫さんへ
記事に関連してない話題ですみません。昨日、眼科にてやはり訓練の必要な人にしか出来ないと言われてしまいました。
大阪医大の方へ問い合わせるしかなさそうです...
経験と訓練次第かも
「他者の心の動きが記憶に残らない」これですね?でも全然ではないんですよね。時々、怒っていることはわかるんですよね。うちの夫もそういう風です。

うーん、身近に心を読むことがすきな人がいて、誰はどう思っているとかそういう話ばかりしてくれると、割とマスターできそうな感じもしますね。それから映画の字幕に、登場人物の心の様子が書いてあると訓練になるかも。

うちの娘が酷い算数障害で、毎日2時間ぐらい数を数えたりしていたんですが、単調な作業を繰り返すと、すすすーって入るようになりました。今は1学年上の課題もこなしています。1年生の4月には「A君が挨拶をしました。誰が挨拶をしましたか?」という課題も答えられなかった子です。

川島なんとか先生も、単調な課題を繰り返すことで脳が活性化されるって主張していませんでしたっけ。。苦手なところが明確になったら早く解決できそうな気がします。

ちなみに、ですが、定型は「他人の心の動き」が一番記憶に残ります。他は忘れます。小学生の頃は、友達が自分をどう思っているか、しか興味なかったです。
そうなんですか。普通の人は、他人の心の動きが記憶に残るんですか。私の感覚では、そんな漠然としたことを、考えてもしょうがない、って感じでした。全然つかめないし、分からないし・・・。
 この年で、ひとつ賢くなりました。
なるほど
 僕もmelonさんと同じで、相手の気持ちは読み間違うこともあるし、演技されているだけかもしれないという考えが強いです。
 だから動かしようのない事実である「状況」の方に注意が向いているのではないかと推測しました。
 これも、考え方・感じ方の違いを考察する上でヒントになりそうな気がします。

 (人の気持ちを読む)単調な課題を繰り返し…そういえば、僕が昔持っていた携帯についていた「会話ゲーム」みたいなのを、クリアできるようにたくさんやった頃から、お客さんとの会話が上手くなってきたように思います。
ただし
>僕もmelonさんと同じで、相手の気持ちは読み間違うこともあるし、演技されているだけかもしれないという考えが強いです。

定型もそう思ってますよ。だからこそ常に常に相手の気持ち、動きを読んでます。

人の気持ちって、人によって違うし、同じ人でもその時の体調とか環境の変化とかで変わるし、「絶対こう」は無いんですよ。それを分かった上で常に相手の様子を見ているわけで・・

だから心だけでなく「今日は何だか疲れているみたいだな」「具合が悪そうだな」とかいう事も分かるんです。例え相手がそれを「心配させまい」として隠していても分かるんです。そしてそんな場合はそんな相手の気持ちを配慮しつつ接します。

だからこそ自分により親密な人、関わりがある人のことは「より深く知ろう。理解しよう」と思うし、逆にその場限りの人だったらそこまで思いません。

だから「家族」という親密な立場の人間から『興味ない』ような接し方されると自分が生きてることさえ否定されたような悲しい気持ちになってしまうんです。
本当にそうなんです・・・
>だから「家族」という親密な立場の人間から『興味ない』ような接し方されると自分が生きてることさえ否定されたような悲しい気持ちになってしまうんです。

本当に、そうなんです。
…あまり意味がありませんが、思わず、コメントしてしまいました。

心の流れを読まないのは危険
少し前ですが、私が食の細い子供を心配する話を夫にした時に、「バカやろう」みたいな返事が返ってきたので「もう、あんたの食事作らないからね。」と言ったら、パニックを起こし怒鳴りまくり。その時はパニックだということを知らなかったので、掃除機で夫を威嚇したんです。普通だったら身の危険を察して、私を避けると思うんですが、避けるどころか、追い掛け回して文句を言いまくりでした。

関心がなくっても他人の怒りが読めないのは、危険だと思います。読めないからこそ、憎まれ口を叩けるのでしょうが。これまでに言われた憎まれ口を思い出すと、寛大な私でも怒りがフツフツと湧き上がります。

会話ゲームでも何でも手がかりをつかんだら少し読む習慣をつけられたらいいと思います。どういうパターンで人は怒るのかよく覚えていて、怒っていることを察したら、それ以上言わない、追いかけない。
パターンを読めない夫
ぽいっとさんと似たことが我が家でもありました!!
息子の学校のことを心配する話をしたら夫の返事が「うるさい」でした。
いつも夫の返事が私の怒りを買ってしまうんですよ。夫婦ケンカはだいたいこのパターンです。
もしも何かに夢中になってたり、手が離せなかったりするのならば「今ちょっと聞けないから
10分待ってて」とか言えばいいのに。
(何もしていない時でも「考え事をしていた」ということもあるので)
「うるさいはないでしょ!子どものことが心配じゃないの!」と言うと逆ギレ(私はそう思っていました)して文句を言いまくるんです。文句を言う時間があるのならば、最初から私の話を聞いてくれればいいのに。
でも最近では『自分の時間→私に怒られた→自分が責められた→パニック→身を守るために文句を言いまくる』という夫の流れがあるらしいということがわかりました。
家では私が気をつければいいけれど、外ではどうしているのだろう?と気になります。
パターンを読めない息子
連続投稿すみません。ちょっと思い出したことがあるので。
息子に「宿題やったの?」「そろそろお風呂に入ったら?」「もう寝なさい」というとパニックに。
夫同様こちらも「今、テレビがおもしろいところだから、あとちょっと待ってて」とか言えばいいのに、とずっと思っていました。
息子や夫には『自分の時間・自分の流れ』があって、私が間に入ることは『自分の領域を土足で踏み込まれた』ような気持ちになるのでしょうか?
「うん、今やる~」とか「ちょっと待ってて」とか「あと5分間だけ」とかそんな返事でいいのになあ。
泣きながら「僕は今お風呂に入らなければならないんだあ!!」とパニックになるより、自分の時間と私の言ったことにうまく折り合いをつけてやった方が、お互いにラクなのにと思っています。
読まないのでなく読めないのです。
激辛ママさん、ぽいっとさん、

本当はたくさん書きたいのですがちょっと時間がないので簡単に…

おっしゃっていただいていることはよく分かるつもりなのです。でも、読めないのです。
以前はこう感じていました。

目が見えない僕に「もっとよく見ろ!」と言われているみたい…

でも、今はそうではないという事くらいは分かるようになりました。

それでも、例えば今でも、
お二方の書き込みは、「怒っておられる」のか、「教えようとしてくれている」のか、よく分かりません。

また、たくさんコメントを書いていることについて、blogオーナーの狸穴猫さんが「データがたくさん集まってホクホク」なのか「私のblogを汚すな~」って思っているのかも分かりません。

両面考えて行動するけど、いやもっとパターンを増やして考えるけど、どれが本当か分からなくて、結局自分が直感で感じるのを一番重く考えたりしてしまいます。

原因はよく分かりません。
考えられる仮説はいくつかありますが、それが僕特有のことであればここに書いてもあまり役立たないというか、ノイズ情報になるのではないかと危惧します。

みんとさんの息子さんの気持ちはよく分かります。翻訳できそうに思いますがまた今度。。。
散漫な頭で考えること…
皆さまこんにちは、風邪をこじらせまくって喘息様気管支炎とやらになってしまった狸穴猫です。(おまけにチビが手足口病になって機嫌が悪くてへろへろ~)

コメントに対していろいろ考える事は多く、いろいろお返事書きたいのではありますが、まとまった文章を書く気力がなし…で、ちと散漫になりますが…。

ふと思うのは、私って総員アスペでいたって構造化された世界に住んじゃっているなあと思います。

何か話しかけて「うるさい」と言われても私には「ほー、うるさいのか、じゃ、また今度にしよう」くらいの感覚しか持たないので喧嘩になりません。

風呂の時間なども
「飯食ったら30分以内に風呂入り始めて欲しいんだけど、後がつまっているからね~」ってな声のかけ方(息子に)しちゃいますのでパニックの起こりようがないように思います。

時間の流れが阻害されることより、声かけの内容より表現から広がりができてしまうとパニックしやすいのかなあと、考えたりもします。

私がわかりやすい表現が家族にもわかりやすいというのはなにかと便利です。

さて、ズンドさんの疑問に…私がホクホクか…というと、考える課題が増えていくようなところがあってちょっと微妙ですが、自分の書いた記事にいろいろコメントがいただけるのは宣伝スパム以外なら基本的にうれしいです、はい。

ではでは
男性と女性
私、思うんですけど、アスペルガーでも、女性の場合と男性の場合、ちょっと違うんじゃないでしょうか?
 女性だと、子供時代から、女友達との込み入った関係を生き抜いてゆく必要があるし、大人になってからも、社会でも、家庭の中でも、相手の気持ちを察するという役割を強いられます。それがストレスにもなりますが、否応なく自分を変えてゆく必要性を持たされます。
 男性の場合、元々「めし、ふろ、寝る」で済ませたり、奥さんに「ありがとう」などの気持ちを伝えないなど、多数派でも、アスペルガーに優しいので、問題意識を持つ必要が少ないのでは?
 私も、さんざん「人の気持ちが分からない」「言い方を考えろ」と、ある人から言われた経験がありますが、言い方が漠然としすぎたり、感情的に言われたりすると、「責められた」という感情しか残らないんです。冷静に、具体的に指摘するだけで、ずいぶん心に入りやすいです。
 あと、自分が変わるには、動機が必要です。自分の大事な人が、自分の言動で傷つき、何らかの変化を求めているということを、はっきり理解できたら、変わろうという動機になるはずですよ。
 当事者でも、女性のほうが問題意識を持ちやすいそうですから。
 
 
 
男女差ありますよ
そうそう男女差はあると思います。
女児の方が環境に合わせるのは得意だと思います。男児にはハンディがあるんですよね。でも大人になると男性の方が社会性を必要とすることも多いと思います。発達の順序が違うんですよね。

ズンドさんへ
ごめんなさい、私は教えているといえば教えているんですが、「危ないから気をつけてね」の意味でした。
読めないというか、対人の記憶が定型(1ヶ月ぐらいのことを中心に覚える)とは違うので、少しずれてしまうんですよね?うちの夫、ずれていますもん。激辛ママさんのコメント、よくわかります。

なにかの手がかりになればいいと思うんですが...。

娘のことでは「出来ない」ならば出来るまで慣れさせるというやり方では駄目でした。全然慣れなかったのです。それで出来るところを見つけ、課題を繰り返すことさせました。出来るところまで水準を落として、繰り返しさせ(スピードアップできるようにして)、少しずつ新しい課題を取り入れると、うまくいくことが多かったです。慣れが出来ると、あとは自発的に何でも出来るようになりました。これが心にも応用できるといいんですが。あくまで参考程度に。
過緊張・低緊張
詳しいわけではありませんが、夫には筋肉に過緊張があり、娘は低緊張でした。なんか、そういう部分があると、どこかの感覚が入りにくくなる、ってところがあるかもしれないです。感覚過敏もあります。ひょっとしたらですが、脱感作すると、今まで入らなかったような、感覚がわかるかもしれないですね。子供の脱感作の本はあるんですが、大人はどうなんでしょう。すみません、私父が脳の障害でリハビリやっていたところを3年間みているのでこういう話ばかりで。まあ、これも参考までに。

ズンドさんへ
こんばんわ。

ズンドさん、私もぽいっとさんと同じ「気をつけてね」の感じで言ってます。あと「これさえ知っておけばだいぶ楽だと思うよ」っていうのもあります。ズンドさんは分かってくれそうな気がして、あえて名指しをしてしまいましたが突然でビックリしましたよね。ごめんなさい。根がおせっかい焼きなもので・・・

ズンドさんのコメントは「きっとウチの旦那もこういう気持ちなんだろうな」と参考にさせてもらっています。旦那は自分の気持ちを全く表現できないタイプなので私は理解したくてもできないのです。理解できないのは本当に苦しいことで、私はここで狸穴猫さん、他の当事者の方のコメントを読ませてもらってだいぶ理解できるようになり、気持ちの持ち方を変えることができました。すごく楽になったんです。

ぽいっとさんのような専門的な知識は全然ないですが、当事者の方に少しでも参考になればと思って書かせてもらっています。

名前は激辛ですけど、激辛らーめん好きっていうだけで、怖くないですよ(*^^*)
管理人のみ閲覧できます
このコメントは管理人のみ閲覧できます
なんでなんだろう
メモがきみたいな投稿ですが、娘は「何でなんだろう」っていつも言っていて、学童の先生とか友達が丁寧に教えてくれるので(体が小さいからです)割りと順調に社会性は育っているようです。

たとえば「A店はどうして10時に閉まるんだろう?」「どうして○○行きの電車がくるんだろう?」何度も何度も聞くんです。何回か答えてあげると「A店が閉まるのは、夜はお客さんが来ないからよね」とか自問自答できるようになります。原因とか結果とか覚えにくいことは繰り返し口で言ってみて覚えるように教えていますが、こういうこと案外大事なんだなあ、と思いました。
トラックバックさせて頂きました!
こんばんは。
いつも、非常に興味深く読ませて頂いています。
自分の考えをまとめる為に前回のエントリーと今回のエントリーのコメントも含めて引用しました。

ぼくは仕事でアスペルガーの方を支援しています。
ぼくの上のコメント、ぽいっとさんのものですが、「どうして」という「根拠」を、たぶん理屈のような部分をぼくが担当している方は、すごく気にします。

前回のエントリーのコメントでもあった「共感」という部分では、定型発達者は気持ちなど、アスペルガーの方は根拠を分かち合うことでそれが得られるのかなぁと思いました。
すいません、お返事書いてなくて…
心配させるようなこと書いてすみませんでした。
あの書き込みを書いた頃、仕事の進みが悪かったり、そのことで手助けに入った人への説明がうまくいかなかったりで、極度に自信を失っておりました。なんだか、「存在していていいのだろうか?」みたいな感じに陥っていました。

今はだいぶ復活してきました。
みんとさんの息子さんの気持ち(推測)
>泣きながら「僕は今お風呂に入らなければならないんだあ!!」とパニックになる

これと同じ様なことを、つい最近まで僕もやっていました。簡単に言うと、妻と仕事の板ばさみになった時、まるでねじ切られるような心理になりました。

仕事が超忙しい時に、妻が帰ってきてほしいというので、家でも仕事するつもりで1時間かけて(往復で2時間ロスと感じている)帰って、妻が話す目的が見えない話を2時間聞き、我慢できずに論理破綻していることをやんわり告げると突然怒り出され…そんな時にこちらも心が壊れた感じになりました。。

こんな時は「今日は帰れない」とだけ言えばよかったのだろうか?と、思うけど、当時はどうしても帰らなければならないように感じたのでした。

僕としては妻のことを思っているつもりだったのに、結局けんかになってしまい、一体あれは何だったのかと謎だったのですが、その後原因が分かりました。

妻の場合話の内容が大事なのではなく、「話せた」「聞いてもらえた」という感覚が大事だったようです。
そのことを知ってからは、少しうまく対応できるようになれました。

で、結局どういうことかというと、僕の例を当てはめて推測すると、みんとさんの息子さんは、自分の欲求とお母さんへの忠誠心(というか、言うことを聞きたいという欲求)の板ばさみになって、その感情をうまく処理できなくて、どん詰まりに陥った様な状態になるのではないかと思いました。
ズンドさんへ
お返事ありがとうございます。
私にとっては「ただの声かけ」でも息子にとっては泣きたくなる程辛かったのかもしれませんね。
ズンドさんのおかげで、ずっと疑問に思っていたことが見えてきました。
これからは声かけに気をつけて、どういう言い方ならば息子が辛くないかチャレンジしてみようと思います。
本当にありがとうございました。
ズンドさんへ
おはようございます。

お返事読んで安心しました。
あと、今回のズンドさんのお話は私にとって「腑に落ちた」「目からウロコ」でした。

先日も主人との会話がうまくいかず、このままだとまたトイレに篭っちゃうかも・・・ということがあり、その時にズンドさんのお話を思い出して「私、話を分かってもらえたなって分かれば終わりにできるんだけど・・・」と言ってみたんです。そしたら主人の顔色がパッと変わって「ちゃんと分かっている」ということを主人なりに伝えてくれました。

私が「責めているわけではない」ということが分かったからでしょうか。その後は家事を自ら手伝ってくれるようになりました。

以前は手伝ってくれたとしても「やらされてると思っている」のがバレバレで、それで私が「もう何にもやらないでイイ!」と怒るので、最近はホントに何もしなくなってたんです。でも、その時の私の言葉の意味もわかってくれたみたいなんです。

そうは言っても、主人は努力しているということを忘れてはいけないと思います。ズンドさんには本当に感謝です。

身勝手について
はじめまして検索に検索を重ねてる内にこのblogにたどり着き読ませてもらってます。偏屈者宣言の後藤さんのも読ませてもらってます。うちは主人、息子二人ともアスペです。一緒に生活をしていると自分勝手にどうしても感じてしまいます。まず報告、相談、連絡が欠けています。自分がわかっていればいいみたいにみえます。自分の気持ちがわかってもらえなかったら大変しつこくかんしゃくをお越します。しかし私がわかって欲しい時はわからなくても平気そうです。急な予定変更をすると納得させるのにずいぶん時間がかかります。ですが私の予定を自分が変更させている事にはさっぱり気がつきません。自分の失敗をつかれたらケチをつけられたと取るのか?大変激怒しますが、私が失敗をすると鬼の首を取ったかのように責め立てきます。人に言われた事には非常にナイーブですが自分が人を傷つけた事には気がつかず伝えると認めません。
悪気はないにしても日常的に日々こんな様子ですのでこれではなかなか理解されるのは難しいだろうと思ってしまいます。これでは周りは怒ってしまうだろうと。息子のもっぱら叱ってしまうのはお菓子などをわけあたえれない。減った!無くなった感が強いのか?
みんなの前で一人だけ食べ初めてわけるように言うと毎度文句で気持ち良く分け与えれません。でも人にちょうだいと言ってくれなかったらスネてしまいます。
何度説明をしても毎度同じです。息子は10歳です。
主人も俺の物意識がとても強く。コーヒー牛乳を飲んだと大騒ぎを何度もあるので みんなで飲む用に買って来てるのであなただけの物ではないと何度も説明しました。でも子供用に買ってあるお菓子は勝手に食べます。どう見ても勝手だらけです。それと健常者は私だけですがこんなまとまりのない家族に毎日ため息が出ます。携帯からで改行もおかしいかもしれません。読みにくいと思います。すいません。。。

コメントの投稿

非公開コメント


トラックバック


この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)

[context][関係][アスペルガー]アスペルガー症候群の「自分」と「他の何か」とが切り離されてしまっている状態のことまで考えたみた。
アスペルガー症候群のことについて考えたこと。 すこしまとめ。 アスペルガーライフ*1の「発達障害者はなぜ「身勝手」といわれなきゃいけないんだろう?(2)」*2を読んで、最後の一文がとても的を得ている見解だったので、改めて自分自身の支援の方法と照らし合わせて考
アスペルガー症候群の子供への対応
症候群情報サイト 症候群を理解しようでは~症候群と名前が付く病気について解説しています。
ブログ内検索


サイトマップ(全記事一覧)はこちら

アスパラガスの会のお知らせ

成人ASD(自閉症スペクトラム障害)者のための自助会:アスパラガスの会 ご案内

アスパラガスの会は、大阪南部を拠点に活動する成人自閉症スペクトラム障害者の自助会です。1ヶ月に1回の集いを中心に活動しています。アスパラガスの会ホームページはこちら

アスペルガーライフblogの発達障害関連動画

発達障害の常識とやらにツッコミをいれてみる !

発達障害に関するよく言われるセリフってなんか変!

自閉症(ASD)児者の聴こえ方を疑似体験!

自閉症児者の聴こえ方を定型発達の方に疑似体験していただける動画を作ってみました。

この動画に関する詳しい説明はこちらの記事をどうぞ。

うわ!狸穴猫が本に登場してしまった
かなしろにゃんこ。さんの新刊に狸穴猫が登場します。
スポンサード リンク
便利ツール(別館)
管理人からのお願い

記事に関係ないコメント・個人的な相談にはお返事できない場合があります。あらかじめご了承下さい。
また、できるだけ個人的な相談はご遠慮下さい。

RSSフィード