「アスペルガー者のための定型発達者研究 」カテゴリ記事一覧


定型発達者は感情的報酬を求める。

アスペルガー者は「冷たい」「身勝手」などといわれることが多い。
だが、それは本当にアスペルガー者に責任があるのだろうかということをふと考えた。

だって、家中アスペの我が家では何も問題なくコミュニケーションがとれてるんだもんね。




さて…と、



アスペルガー症候群者は「冷たい」「身勝手」などと言われるケースの多くがやりとりで定型発達者の要求する回答をしないことによるものだ。


なにか相談に乗ってもらったとき(心配してもらったとき、)「あとで連絡してね」と言われたら、アスペルガー症候群者が定型発達者にまるで配慮しない場合では単に連絡するという行動に出る。


このあたり他者と私とAS(アスペルガー症候群)のしろさんが非常にわかりやすい実例を出してくれているので以下を参照されたい。

「心配してくれてありがとう」
http://asshiro.seesaa.net/article/74043071.html




しろさんは落ち込んでいるようだが、まあ、定型のようにできないといって落ち込む必要はさらさらないと私は考える。


なんにせよ、定型発達者が何らかの気遣いを示した場合、感情的報酬が求められていると思った方がいいということだけだ。


じゃあ、定型発達者は年中相手に報酬を求めるような、そんなに傲慢な人種なのかというと、それもまたちょっと違う。


定型発達者は「感情的報酬」を受け取ることにより「人と人との繋がり」とやらを感じ、それで精神を安定させているということに過ぎないのだ。



つまり、それがないと定型発達者は精神的に不安定になるのである。




まあ、「感情的報酬」がないと禁断症状が出るとでも考えておけば簡単だ。
禁断症状としては「あんたは冷たい」などとアスペルガー者に攻撃的になるなどがある。


さて、まとめてみる。


「冷たい」「何考えているのかわからない」「身勝手」などと言われたり、人間関係がぎくしゃくしてしまうことを予防するためには、定型発達者との会話では常に「感情的報酬」が必要なのだと認識してそれに配慮し、会話にそれを織り交ぜていけばいいということになる。



ちょっと極論かな?







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定型発達者は自他の同質性の確認をせずにはいられない

最近我が家のアスペルガーな息子が精神的に不安定である。

まあ、学校という場は、とかく同質性を求められる場なので、アスペルガーにとっては最悪の場所であるからして、ある程度は仕方ないかなと思ってはいたが、本人相当深刻そうである。




今日は、彼との議論の最中に、話題にのぼった定型発達者の性質について書いてみよう。

結論から先に書くと、タイトルの通り。
定型発達者は自他の同質性の確認をせずにはいられないものである。

定型発達者の人付き合いを見ていて思うのは、何につけ自他の同質性確認が核になっているということだ。

2歳児ですらそれがある。
以下は娘の通う保育所での一幕である。

ソフトブロックを手にかかげて1人がもう1人と目を合わせると、そのもう1人も同様にブロックを手にかかげて同様の姿勢をとり目を合わせ、にこっとする。

そこにはコミュニケーションというものが存在するのは確かではあるが、その本質は「自他の同質性の確認」である。

(ちなみに我が娘はそのコミュニケーションの輪の中にはいない…やはりか)

年をとろうが定型発達者のコミュニケーションの多くは「同質性の確認」に費やされる。趣味、関心事、悩み事、話し方そのもの等々、バリエーションは増えていくが、同質性の確認によってまずは最初のコミュニケーションが成立していく。

定型発達者にありがちな共感的表現等はコミュニケーションの過程で「同質性の確認しやすさ」を増強させている要素に過ぎないのかもしれない。

さて、話を戻す。

アスペルガー者サイドからの見方をあえていってしまうならば定型発達者の同質性の確認の作業とそれに費やすエネルギーを見ていると

定型発達者は自他の同質性確認強迫がある!…と、言ってしまいたくなるのである。

年代ごとや属する集団ごとに同質性の確認手段は違ってくる。
「同じ話題を話せる」「同じ(同種の)ものを所有する」等々…まとめていってしまえば「同じ地平にたつ」といったところだろうか。とにもかくにも同質性を確認しなければ定型発達者は不安に陥りやすいのだ。


さて、ここにアスペルガー症候群者が周囲から浮いてしまうポイントが隠されている。

アスペルガー症候群者には自他の同質性の確認強迫がないのである。また、定型発達者が同質性を確認しようとするコミュニケーション上の働きかけをしても定型発達者が期待するような(定型発達者が安心するような)コミュニケーションデータを定型発達者に渡すことはない。

かくて定型発達者にとって、素のままのアスペルガー症候群者と会話することは、「定型発達者の自他の同質性確認欲求(強迫)」を満たすことののない、非常に不安感を覚えることになってしまうのだ。


基本的な対定型発達者対応として、アスペルガー者はこういった定型発達者の性質を理解して、同質性の確認行動に水をささないようにさえすれば、無用に定型発達者の不安(表面的には怒りとして表れることも多いが)を煽らなくてすむので無駄な軋轢を避けられるだろう。


ところで学校生活で周囲とうまくいかないといった経験を持つアスペルガー症候群者は少なくない。


こと学校社会では学年という枠で一見「同質性」が保証された社会であるので定型発達者(児)は他者に対して非常に激しい同質性(の確認)を要求してくる。

これがアスペルガー者(児)のいじめられやすさや、アスペルガー者(児)が周囲とうまくいかなかったりする原因の一つではないかと考える。また、「違和感」が常態であるアスペルガー者にとって同質性の確認要求自体が苦痛になりやすいといったこともある。

多感な思春期のアスペルガー者にはハイレベルの「同質性の要求」が永遠に続くように思えてくるのも致し方ない。

だが定型発達者も歳を経るごとに「異質性」に対して耐性がついてくるという成長をとげる。次第に「同質性の確認」は部分的なもので済むようになってくるのだ。


何をいいたいのかちょっと散漫になってきたのでここらでちょっと強引に締めくくる。

思春期のアスペルガー者諸君に告ぐ!である。

「ま、とりあえず頭で理解しておきゃじき慣れるよ、定型発達者は鬼でもなければ蛇でもない、彼らもまた成長し変わっていく、成長しかたが君らと同様でないだけだ」

ということだ。

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定型発達者はチーム感覚の維持で心理的安定を得る

アスペルガー者はしばしば定型発達者に「いきなり怒りだされる」という羽目にあう。

これがどんな理由によるものかひもといてみる。

まあ、いろんな例から推理するに、
どうやら、

定型発達者にとって、チーム感覚(連帯感覚)の維持(及びそのための会話)が心理的安定のために重要である。

さらに、

チーム感覚(連帯感覚)の維持に重要なファクターとして

 集団それ自体に関する情報が共有されていること。
 集団内での予定・日程の共有がなされていること。
 集団内でさまざまな目標の共有化がなされること。

というようなことがあげられる。


また、これらは定型発達者の会話の目的の重要な部分を占める。


これらが十分に満たされないと、定型発達者はチーム感覚の維持ができないため疎外感を感じる。また、これらを満たすことを阻害する人物に対し、怒りを感じる事が往々にしてある。


これが「いきなり怒りだされる」の正体であろう。


さて、これ以上ブログで書くと長すぎるのでってんで、
もうちょっと詳しい分析はこちらへどーぞ

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定型発達者に自閉者がものを尋ねるということ

アスペルガー症候群者が失敗しがちなことの一つに「ものの尋ね方」がある。

私も「ものを尋ねる」ことによって定型発達者の気分を損ねてしまったことが何度となくある。

その中でもトップに来るのが、何かとわからないことが多い定型発達者の「言動」に関して「なんでそうなのか」を問うことだろう。

嬉しそうにしている定型発達者に「何が嬉しかったのか」を尋ねるときダイレクトに「何がそんなにうれしいの?」と聞くと「てめぇ喧嘩売ってるのか!」という反応が返ってくることうけあいである。

同じことを聞くのに「ねぇ、うれしそうね、なにがあったの?」「お、なんかうれしそうだね、何があったんだい?」と聞くと角が立ちづらいようである。

つまるところ、定型発達者に相手のことについて何か尋ねる場合は、まずは「相手のことに興味がある」「できれば共感したい」といった意思表示のフレーズがあることが、肝心のことを「尋ねる」前に必要のようだ。

ちなみに、こういったちょっとした前置きってかったるいし、面倒くさいし、自然に出てこないというのが自閉者の実情だろう。

しかし、定型発達者はこういった「前置き」を利用して相手の共感度や友好度を測定しているようであるので、無難な前置きの利用しかたを習得しておく方が何かと便利である。

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「普通にしろ」と言われること

最近息子が「普通」アレルギーになっている。
「”普通”を考えるとアタマ痛くなってくる」のだそうだ。

まあ、判らないでもない。
周り、特に多数派の定型発達者だが、アスペルガーの一見奇異な行動に対し、「普通にしろ」とか、「もっと普通にできないのか」とか、「普通で良いんですよ、普通で…」とかいうことが多い。

実際若い頃は私もさんざん悩んだテーマだ。

アスペルガー症候群者の多くにとってこの「普通」というのは全く判らない概念なのかもしれない。

私自身はとっくの昔に投げてしまってもう考えることもないが、一応結論づけておいてある。

言われている「普通」の多くはは「多数派にとって奇異に見えない様子」でしかないと思う。つまり多数の人間の中で「浮かない」ことそのものだ。

多数派の集団に於いて多数派の定型発達者は集団に合わせた行動をとることを自動的に選択する機能を有しているらしく、それが「普通の行動」と称されるようである。

アスペルガー症候群者にとっては「何で一定の反応しかしないんだろう」という疑問すらわいてくるが、彼ら多数派は場を一定の雰囲気に保つことに強迫的ですらあるので「普通にしろ」という要求をしたがるのは致し方がないことなのだろう。


「浮かない」「目立たない」方法が解りにくいアスペルガーの人間にとって「普通でいろ」「普通にしろ」と”だけ”言うのは本人にとって「ああ、自分ってなんだか普通じゃないんだ、変なんだ、悪いんだ」と罪悪感を持たせるような結果にもなりかねない。


多数派の人にはこの点を知っておいて頂けるとありがたいのだが…なかなかそうはいかないようで、アスペルガー症候群であることを知っていても「普通にすればいい」と言いがちであるようだ。


それだけ多数派にとっては「普通」が普遍性を持っているように解釈されているのであろう。


しかたがないのでアスペルガー症候群者の側である程度予防線を張っておかなくてはならないが、要は「多数派の個々のケースの普通」を知り「多数派に合わせるか」「多数派に合わせないか」の選択をどうすれば良いかだけの問題である。


私の場合、あまり合わせることに汲々とするのも自分でないような気がしてくるし、合わせないとうるさいので「ちょっと変わっているけれど結構いい人」というような所に自分のキャラを解釈される程度に周りに合わせることにしている。


ちなみに我が家では家中アスペルガーだらけなので家の中では多数派に「平板だ」と言われる語り口調がいたって「普通」であり、問題なくコミュニケーションがとれるのだが、それは多数派の間では「普通でない」ことのようだ。


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なじむ・なじめる・なじめない・なじまない

アスペルガー症候群のもののうちいったいどの程度が「周囲となじむ」という感覚を有しているのだろうか?


おそらくはアスペルガー症候群者諸氏においては「周囲から浮く」という感覚を「周囲となじまない」と置き換えて理解しているだけで、「周囲となじむ」という感覚を持つものは少ないであろうと思われる。


今回はこの「なじむ」という感覚について考えてみる。


多数派の世界には「周囲となじむ」という感覚があるらしく、これは非常に好ましいものとして受け取られているようである。


これはこの「周囲となじむ」という感覚が、すなわち「あいまいな集団への帰属感覚」として捉えられていることにより、帰属感覚による安心感ともつながる事によるものであろう。


このため、多数派に於いては「周囲となじめるか」という問題は非常に大きな集団対人関係上の課題と捉えられることになる。「周囲となじめない」はすなわち、「集団のなかで不安感をもったまま過ごさなくてはならない」ということになり、非常なるストレスを多数派の人々にもたらすのだ。


つまるところ多数派の人々は常に「周囲となじみ違っている」ということになる。


「周囲となじめない」ことにより、不安・うつ等を引き起こすことも多くあるようである。これはアスペルガー症候群者における「周囲から浮いてしまう」ストレスとは明らかに別なものである。アスペルガー症候群者のそれは「なじまない」であって「なじめない」


また、多数派の集団は「周囲になじんでいない」とおぼしき人物に対し、「なじむ」ようにといろいろと働きかけをしたくなるようである。「いっしょにいるよう声かけをする」「共同の行動に誘う」、こどもであれば「ちょっかいを出す」ということもあろう。


それはアスペルガー症候群の人間にとって大抵は迷惑以外のなにものでもない働きかけである場合が多いが、彼ら多数派が「なじむ」ことに多大なる(アスペルガー症候群者から見れば過剰にしかみえないかもしれない)価値を見出しているために生じる現象なのである。


我々アスペルガー症候群者にとって問題なのは「その働きかけ」にどう対応するかであるが、その働きかけに対しては適当に同調行動をとる・微笑む等、「なじんでいる」感をアピールした方が無難である。


そうしなかった場合「帰属への拒否」と解釈されかねないのである。


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多数派は所属意識をもつことで安心する。

我々アスペルガー症候群の者になかなかわからない多数派(定型発達の人)のありようの一つに彼らが、集団への所属やある属性への帰属を非常に重要視することが上げられるであろう。


彼ら多数派にとって、人と接する際に何らかの所属感・帰属感を得られないことは彼らの精神に非常なる不安をもたらすものなのであろう。


このため、ともすれば多数派主流の集団内において、「所属感・帰属感の共有と、そのメッセージサインの取り交わし」が常時相互に要求され、その要求が当然のものとして多数派同士の間では受け入れられている。


さらにメッセージサインの取り交わしができない場合、往々にして彼らは自らの不安を取り除こうとするあまり、サインの取り交わしができない人物を敵視したり非難したり、その存在を集団から排除しようという行動に出る場合がある。


我々アスペルガー症候群の者にとって、その要求があることに気がつく事がそもそも難しく、気がついたとしてもその要求に応じることも難しい場合が多く、さらにそれが耐え難い苦痛となる場合があると言うことを彼ら多数派は殆ど知ることはない。


我々アスペルガー症候群の者にとって、不必要に彼ら多数派に不安を与えないようにする方が、彼ら多数派との共存において有益である。


すなわち、我々アスペルガー症候群のものは、上記のようなケースで彼ら多数派が不安を感じることを認識し、彼ら相互の帰属感・所属感確認のサインの取り交わしに関しては、そのパターンを知識として蓄積しておき、できるだけ気がつかないことがないようにする必要があろう。

また、そのサインの取り交わしの場において、あまり話しに立ち入らないように(疑問を挟んだりしない等)したり、彼らに合わせた行動(そうね…と歩調を合わせておく等)をする方が不要に非難を受けたり、排除されるなどの不必要な軋轢を生む心配がなく、かつ、彼らに不要な不安を与える危険もおかさずにすむであろう。



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